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しおりを挟む困ったように笑うエミル殿下は、やはり妖精のように美しい。
聞き間違いでなければ、今、殿下は私たちが想い合っていると言った。
(それって……エミル殿下も私のことを想っていてくれたってこと……?)
そんな都合のいい夢みたいなことが、本当にあるのだろうか。
(でも、聞いてみたい)
私たちの婚約は、どういった経緯で決まったのだろう。
これまでずっと、私が選ばれたのはひとえにコートニー侯爵家の功績ゆえだと思っていた。
審査にはもちろん私自身の努力も加味されてはいただろうが、私自身の卑屈さが、それを素直に信じさせてくれなかった。
けれどさっき黒装束の男として殿下が放った言葉は、万が一真実であるなら、私の思い込みをあっという間に覆すほどの威力を持っている。
“お前が成長するのを根気強く待っていたのだとは思わないのか”
あれがもし殿下の本心なのだとしたら──
「ルツィエル、私は──」
「待ってください、エミル殿下」
失礼なことは重々承知の上で、エミル殿下の言葉を遮った。
自分の口でちゃんと聞きたかったのだ。
そして、答えを貰いたい。
──殿下はなにも悪くない。
悪いのは、一番知りたかったことから目を逸らし続けてきた私だ。
素直に打ち明けたら、殿下はその心をすべて見せてくれるだろうか。
嘘偽りのない、本心を。
けれどそのためには私も、この心の中をすべてを見せる必要がある。
(怖いけれど、殿下を信じよう)
たとえそれで傷つくことになったとしても、きっと後悔はしない。
それに、どのみち私の想いはさっき口にしてしまったから今さらだ。
私は、ありったけの勇気を振り絞り、エミル殿下の顔を見つめた。
「初めてお会いしたあの日から、私の心の中にはずっとエミル殿下がいました。……もうとっくにご存じだと思いますが」
「ああ、知っていたよ」
「エミル殿下の側にいたくて、必死で努力を重ねてきました。だから、婚約が内定したときは嬉しくて嬉しくてたまりませんでした」
声が震える。
好きな人に気持ちを打ち明けるのが、こんなにも緊張することだなんて知らなかった。
この想いは私を勇敢にも臆病にもする。
恋とは本当に不思議だ。
黒装束の男に言うのとでは全然違う。
すると大きな手が再び優しく頭を撫でた。
まるで『頑張れ』とでも言うように。
「側にいられるならどんなことでも耐えられる。その気持ちは今でも変わりません。けれど、ただ側にいるだけでは嫌なのです。政略的な意味合いだけで殿下の寵を受けるのではなく、私は……」
「……私は、なに?」
「私は、エミル殿下に愛されたい……女として、心も身体も……本当の意味で殿下だけのたった一人の存在になりたいのです」
最後は尻すぼみになってしまったが、きっと聞こえているだろう。
私は俯き、判決を待つ囚人のような気持ちでエミル殿下の答えを待った。
「それならなにも心配いらない。私にとってこの世で女性はルツィエル、君ただひとりだ」
「本当に……?」
「私が他の女性に目を向けたのを見聞きしたことでも?」
「いいえ、ありません」
でも、私は殿下と十も年が離れている。
今でこそ大人になり、女性として見てもらえているのだろうが、これまでは……
「私も不思議なんだ。なぜ十歳も離れた君だったのか。けれど君が私の人生において、特別な存在になるであろうことは、出会った瞬間にすぐわかったよ」
殿下は私の身体を抱き直し、夜風から守るように黒装束の中に包み込んだ。
「私と目が合うたびに恥ずかしそうに目を伏せて……そんな君がいじらしくてたまらなかった。でも急いではいけないと思ったんだ。君を幸せにするためには、君の周りにもこの結婚に納得してもらわなければならないからね」
「私の周り……どなたか、反対する方でも?」
私の周囲でなにか問題でもあったのだろうか。
エミル殿下は苦笑する。
「誰かはすぐにわかるよ。おそらく近日中にね」
「?」
首を傾げる私の頬をエミル殿下の手のひらが優しく包んだ。
「最初は家族のように……けれど今は男として、この身を焦がすほどに君を、君だけを想っている。だから憂うことなどなにもない。私の妃になってくれ、ルツィエル」
「エミル殿下……!!」
紫水晶の瞳には、私しか映っていない。
それはきっと、これから先も同じはず。
殿下の顔から笑みが消え、顎に手が添えられた。
ゆっくりと近づく美しい顔に、私はそっと目を閉じた。
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