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しおりを挟む男は、目深に被っていたフードを片手で下ろし、もう片方の手で口元を覆うマスクを取り払った。
こぼれおちた銀の髪が月の光を受け、まばゆく光る。
それから紫水晶のような透き通る瞳が、私に向けて優しく細められた。
「嘘……そんな、どうして……」
目の前にいるのは間違いなくエミル殿下だ。
私を冷たく見据えたあのエミル殿下ではない。
「まさか……宿場で私を助けてくれたのは……」
「私だ。あの時は驚かせてすまなかった。それに手荒な真似を」
軽々と担ぎ上げられた記憶がよみがえり、顔が熱くなる。
(私、あの時……ううん、あの時だけじゃない。今も殿下への気持ちを口に……!)
ずっと胸に秘めてきた気持ちを洗いざらいぶちまけたのが、よりにもよってエミル殿下本人だったなんて。
「ルツィエル?」
(なんてことを……)
隠しておきたかった情けない部分をすべて知られてしまった。
がくがくと膝が震え、自分の身体をうまく支えられない。
するとたくましい腕が腰に回り、私を引き寄せた。
「エ、エミル殿下……っ!」
反射的に胸を押し返そうとした私の耳元で、エミル殿下が囁く。
「逃げないで」
分厚い布地に阻まれていたとはいえ、なぜ今まで気づかなかったのだろう。
私が世界で一番大好きな、少し低い優しい声。
けれど今のそれは、同じであるはずなのに、初めて聞くようにも感じられた。
なぜなら、これまで一度も耳にしたことのない、極上の蜜のような甘さが含まれていたから。
「……やっと、君に触れられた」
まるで、エミル殿下がずっと私に触れたいと思っていたかのような言い方だ。
(まさか、そんな)
けれど、私を抱きしめながら髪を梳く手が、頭に寄せられた唇が、泣きたくなるほど優しくて、どうしたらいいのかわからない。
エミル殿下の身になにがあったのか、どうやって生き延びることができたのか、私との婚約はどうするのか……聞きたいことは山ほどある。
けれど口から出せたのは唯一、その名前だけだった。
「エミル殿下……!!」
ふり絞るようして名前を呼ぶと、大きな手が頭の後ろに周り、胸元でしっかりと抱かれた。
苦労して身につけた感情を制御する方法なんて、こんな時なんの役にも立たない。
初めて知る殿下の香りと厚い胸板に包まれながら、しばらく私は、子どものように泣きじゃくった。
その間ずっと、殿下はなにも言わず私の頭を撫でていてくれた。
「……私が間違っていたよ」
ひとしきり泣いて落ち着きを取り戻した私に、殿下は口を開いた。
「想い合っているのだからと安心していた」
「想い……合っている……?」
「ん?どうした」
殿下の言っている言葉が理解できなくて、返事をしなければならないのに、魚のように口をはくはくとさせることしかできない。
そんな私に気づいた殿下が目を細めた。
「そうか、そこからだったか……本当に私は馬鹿者だ」
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