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しおりを挟む『ようせいさん、みんなにみられてもだいじょうぶなの?』
『大丈夫だ。私は本当の正体を隠しながら、人間界で暮らしているんだよ』
『まあぁ、そうなのね。すごいわ』
これは白昼夢かなにかだろうか。
あの殿下が妖精になりきって幼児の相手をしている。
『いいかいユスティーナ。私が妖精だということは、決して誰にも言ってはいけないよ。バレたら命が危ないんだ』
それはこんな姿を知られたら羞恥で死ぬということなのだろう。
しかし少女は本気に捉えたようで、真剣な顔をして頷いた。
『わかったわ。ぜったいに、だれにもいわない』
*
幼い少女を抱きかかえ、突如園遊会の会場に現れた殿下に、皆が驚きを隠せなかった。
少女を抱えていたことはもちろんなのだが、何より殿下が笑顔だったからだ。
『ユスティーナ、君のご両親はどこ?』
『うーん……あ、あそこ!』
しかし、殿下が少女の指差した先に視線を向けた途端、彼をよく知る者でなければ気づかないほど、僅かに表情を変えた。
『君は……プラーシル公爵の娘なのか……』
ぽつりと呟いた言葉に、先ほどまでの慈しみは感じられない。
少女を抱く殿下のもとに足早に駆け寄ってきたのは、五十半ばの男性と、その妻と思しき女性。
女性は、男性の娘と思われてもおかしくないほど若い。
『帝国の若き太陽、皇太子ミロシュ殿下にご挨拶申し上げます。娘がご迷惑をおかけしたようで、大変申し訳ございませんでした』
ミロシュ殿下に仄暗く濁った青灰色の瞳を向けるのは、プラーシル公爵家当主グスタフ・プラーシル。
『やあ、プラーシル公爵。再婚したとは聞いていたが、こんなに可愛らしい令嬢がいたとはな』
そう言って、腕に抱いていた少女を公爵に渡す殿下の顔は、先程までとはまるで違い、貼り付けたような微笑みに変わっていた。
それもそのはず。
殿下は、貴族派の首領である彼の事を前々から危険人物として注視していたからだ。
利益のためならどんな汚い手も平気で使うが、そこに自身の痕跡を一切残さない。
時には仲間すら平気で裏切る狡猾な智謀家。
『ユスティーナ、ミロシュ殿下にお礼を申し上げなさい』
『はい、おとうさま。よう……いえ、みろしゅでんか、たすけてくださってありがとうございます』
少女は“妖精”という言葉を慌てて呑み込んだ。
先ほどの殿下が言ったことを信じ、約束を守っているのだろう。
なんて無垢で可愛らしい、
プラーシル公爵と血の繋がりがあるとは、とても思えない。
『ああ。それでは』
ユスティーナ嬢は、素っ気ない態度でその場を立ち去る殿下の背中を、淋しそうな表情で見つめていた。
(どうしたんだろう)
私は、急に態度を変えた殿下を不思議に思いながら、慌ててあとを追った。
庭園を出る直前、後ろを振り返るとプラーシル公爵はまだこちらを見ていた。
娘の頭を撫でながら、薄気味悪い微笑みを浮かべて。
私はなにか嫌な予感がしてならなかった。
だがこの時、殿下はおそらく私以上にそう感じていたのではないかと思う。
*
その日からしばらく経ったある日のこと。
陛下から呼び出された殿下は謁見の間へと向かった。
個人的な話であれば、いつもは執務室に呼ばれるのだが、指定されたのは謁見の間だった。
『おお、ミロシュ。よくきたな』
上機嫌で息子を迎える陛下の隣には、プラーシル公爵の姿が。
公爵は、相変わらず不気味な笑みを浮かべている。
『突然の呼び出し、いったいなんの用件でしょう』
『相変わらず愛想というものが欠片もないな。まあいい。今日はお前に良い話があるのだ』
『良い話……とは?』
『プラーシル公爵の愛娘ユスティーナ嬢を、お前の婚約者にどうかと思ってな』
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