もう、追いかけない

クマ三郎@書籍発売中

文字の大きさ
上 下
42 / 71

42

しおりを挟む




 「一任だと?世の中で一番信用ならない人間に、ハイそうですかと任せられるとでも思ってるのか」

 「私だって君のことはとても評価してるし、いずれ素晴らしい為政者になると思ってるよ。けれど今回の事に限って言えば、君が冷静に処理しきれるかどうか、甚だ疑問だ」

 「そう思う理由は」

 「だって一日も早く自分の身の潔白を証明して、コートニー侯爵令嬢を迎えに行きたいって顔に書いてあるじゃない」

 「当たり前だろうが!」

 今この時も、ルツィエルは心を痛めているに違いない。

 「それじゃ駄目なんだよ。特にあの一門は色々あるからね」

 の部分はやすやすと教えるつもりはないらしい。
 おそらくそれは今回の騒動とはまた別の、父が独自に掴んでいる情報だろう。
 ヤノシュ伯爵程度の小物ですら逃げ道を考え、私を人質に取ろうとしたくらいだ。
 バラーク侯爵ならもしもの時のために、いくつもの対策を練っている事だろう。
 それらすべてを把握した上で、大局を見た決断をしろと言いたいのだろうし、その気持ちはよくわかる。
 それに、私が粛清を声高に叫んだところで、最終的な決定を下すのは皇帝である父だ。
 (腹が立つが、結局はそれが一番か)

 「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。君たちが不利益を被るようなことはしないから」

 「心配するし言いたいことは山ほどあるが、この件を任せるにあたってどうしても譲れない事がある」

 「なに?」

 「皇太子は偽物であったと公表することだ」

 ルツィエルと、彼女の周囲に説明するだけでは足りない。
 彼女がこの先社交界で不愉快な思いをすることのないよう、きちんと知らしめる必要がある。
 だが、瓜二つの容貌に関してはいらぬ憶測を生むだろう。
 それをこの父親はどうするつもりなのか。
 実の子と認めた上で刑に処すのか。

 「ああ、それなら心配はいらない。あの子はヤノシュ伯爵が用意した偽物だと公表する」

 「ヤノシュ伯爵が?バラーク侯爵ではなく?」

 「そう。可哀想だけどヤノシュ伯爵と令嬢、そしてあの子エリクには然るべき刑を受けてもらう。そしてバラーク侯爵は騙されたという体にして厳罰に処すが、家門の取り潰しはせずにおく」

 父は、これを機にバラーク侯爵一門を斜陽に追い込むという。
 これまで権勢を誇ってきたバラーク侯爵を生かさず殺さずの屈辱的な状況に置けば、彼らは活路を見出すために必ず動き出す。
 そこを根こそぎ……という考えらしい。

 「“ただの偽物”と公表するのか。“不義の子”ではなく」

 「そう。ずるいと思うだろうけど、私にも守らなきゃいけないものがあるからね。そこは黙ってのみ込んでもらうよ」
 
 「……実の子を救おうとは思わないのか」

 なにをどう足掻こうと、あれエリクは救えない。
 そんな事は百も承知なのに、なぜか聞いてしまった。

 「思わないね。ただ、あの子にもう少し学があったなら、どうだったかな……とは思うけれどね」

 想像通りの答えだ。
 私でさえ、血の繋がりを思うと僅かだが心が揺れるというのに。
 (これでは私のこともどう思っているのか知れているな)
 別になにか期待しているわけでもない。
 これがありのままの父だ。

 金に目がくらんだ母親の元、エリクが市井で暮らした日々を私たちが知る由もない。
 あの容姿だ。
 手っ取り早く金銭を得るために、男娼まがいの事をしていた可能性だって否めない。
 例え命令だとしても、ヤノシュの娘と身体を重ねることも厭わなかったことといい、そういう状況に慣れているように見受けられた。
 もしも母親がまともで、きちんとした教育さえ受けていたら、きっとバラークなどに唆されることなく、正々堂々皇子として名乗りを上げていただろうに。
 知識のない人間は、時に無力だ。
 
 「……わかった。不本意でしかないが、あとの処理は任せる」

 「それは嬉しいね。それで君はこれからどうするの?」

 「決まってる。汚れた身体を洗い流したらすぐにルツィエルの元へ行く」

 ──私が思うに君、もうコートニー侯爵令嬢の人生からは退場してると思うよ
 
 さっきの父の言葉が地味に効いているとは決して言えない。
 が、しかし。
 この父親の事だ、この発言には何らかの根拠があるように思えて仕方ない。

 「そろそろその“妖精さん”だっけ?やめたらどう。コートニー侯爵令嬢は別にもう妖精は求めてないと思うよ」

 「うるさい」

 「そのまま童貞も貫いたら、本当に妖精になりそうだけどね。あはは」

 「なんでその事を──」

 「君がこれまで清く正しく生きてきたのをなぜ知ってるかって?そりゃ息子の事なら何でも知ってるさ。確か精通は十──」

 「待てっ!!」

 (このクソ親父が……好き勝手言いやがって!)
 
 「とにかく!いくつか答えを擦り合わせておきたい事もある。また後で来るぞ」

 私はそれだけ伝えると、足早にその場を立ち去った。


 *


 「あの、陛下……なぜ殿下にきちんと説明して差し上げないのです?」

 二人取り残された執務室で、マクシムは遠慮がちに口を開いた。




しおりを挟む
感想 265

あなたにおすすめの小説

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

〈完結〉「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

『まて』をやめました【完結】

かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。 朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。 時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの? 超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌! 恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。 貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。 だから、もう縋って来ないでね。 本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます ※小説になろうさんにも、別名で載せています

【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました

Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。 必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。 ──目を覚まして気付く。 私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰? “私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。 こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。 だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。 彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!? そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

処理中です...