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しおりを挟む「一任だと?世の中で一番信用ならない人間に、ハイそうですかと任せられるとでも思ってるのか」
「私だって君のことはとても評価してるし、いずれ素晴らしい為政者になると思ってるよ。けれど今回の事に限って言えば、君が冷静に処理しきれるかどうか、甚だ疑問だ」
「そう思う理由は」
「だって一日も早く自分の身の潔白を証明して、コートニー侯爵令嬢を迎えに行きたいって顔に書いてあるじゃない」
「当たり前だろうが!」
今この時も、ルツィエルは心を痛めているに違いない。
「それじゃ駄目なんだよ。特にあの一門は色々あるからね」
色々の部分はやすやすと教えるつもりはないらしい。
おそらくそれは今回の騒動とはまた別の、父が独自に掴んでいる情報だろう。
ヤノシュ伯爵程度の小物ですら逃げ道を考え、私を人質に取ろうとしたくらいだ。
バラーク侯爵ならもしもの時のために、いくつもの対策を練っている事だろう。
それらすべてを把握した上で、大局を見た決断をしろと言いたいのだろうし、その気持ちはよくわかる。
それに、私が粛清を声高に叫んだところで、最終的な決定を下すのは皇帝である父だ。
(腹が立つが、結局はそれが一番か)
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。君たちが不利益を被るようなことはしないから」
「心配するし言いたいことは山ほどあるが、この件を任せるにあたってどうしても譲れない事がある」
「なに?」
「皇太子は偽物であったと公表することだ」
ルツィエルと、彼女の周囲に説明するだけでは足りない。
彼女がこの先社交界で不愉快な思いをすることのないよう、きちんと知らしめる必要がある。
だが、瓜二つの容貌に関してはいらぬ憶測を生むだろう。
それをこの父親はどうするつもりなのか。
実の子と認めた上で刑に処すのか。
「ああ、それなら心配はいらない。あの子はヤノシュ伯爵が用意した偽物だと公表する」
「ヤノシュ伯爵が?バラーク侯爵ではなく?」
「そう。可哀想だけどヤノシュ伯爵と令嬢、そしてあの子には然るべき刑を受けてもらう。そしてバラーク侯爵は騙されたという体にして厳罰に処すが、家門の取り潰しはせずにおく」
父は、これを機にバラーク侯爵一門を斜陽に追い込むという。
これまで権勢を誇ってきたバラーク侯爵を生かさず殺さずの屈辱的な状況に置けば、彼らは活路を見出すために必ず動き出す。
そこを根こそぎ……という考えらしい。
「“ただの偽物”と公表するのか。“不義の子”ではなく」
「そう。ずるいと思うだろうけど、私にも守らなきゃいけないものがあるからね。そこは黙ってのみ込んでもらうよ」
「……実の子を救おうとは思わないのか」
なにをどう足掻こうと、あれは救えない。
そんな事は百も承知なのに、なぜか聞いてしまった。
「思わないね。ただ、あの子にもう少し学があったなら、どうだったかな……とは思うけれどね」
想像通りの答えだ。
私でさえ、血の繋がりを思うと僅かだが心が揺れるというのに。
(これでは私のこともどう思っているのか知れているな)
別になにか期待しているわけでもない。
これがありのままの父だ。
金に目がくらんだ母親の元、エリクが市井で暮らした日々を私たちが知る由もない。
あの容姿だ。
手っ取り早く金銭を得るために、男娼まがいの事をしていた可能性だって否めない。
例え命令だとしても、ヤノシュの娘と身体を重ねることも厭わなかったことといい、そういう状況に慣れているように見受けられた。
もしも母親がまともで、きちんとした教育さえ受けていたら、きっとバラークなどに唆されることなく、正々堂々皇子として名乗りを上げていただろうに。
知識のない人間は、時に無力だ。
「……わかった。不本意でしかないが、あとの処理は任せる」
「それは嬉しいね。それで君はこれからどうするの?」
「決まってる。汚れた身体を洗い流したらすぐにルツィエルの元へ行く」
──私が思うに君、もうコートニー侯爵令嬢の人生からは退場してると思うよ
さっきの父の言葉が地味に効いているとは決して言えない。
が、しかし。
この父親の事だ、この発言には何らかの根拠があるように思えて仕方ない。
「そろそろその“妖精さん”だっけ?やめたらどう。コートニー侯爵令嬢は別にもう妖精は求めてないと思うよ」
「うるさい」
「そのまま童貞も貫いたら、本当に妖精になりそうだけどね。あはは」
「なんでその事を──」
「君がこれまで清く正しく生きてきたのをなぜ知ってるかって?そりゃ息子の事なら何でも知ってるさ。確か精通は十──」
「待てっ!!」
(このクソ親父が……好き勝手言いやがって!)
「とにかく!いくつか答えを擦り合わせておきたい事もある。また後で来るぞ」
私はそれだけ伝えると、足早にその場を立ち去った。
*
「あの、陛下……なぜ殿下にきちんと説明して差し上げないのです?」
二人取り残された執務室で、マクシムは遠慮がちに口を開いた。
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