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しおりを挟むひと暴れしたお陰でようやく気持ちが落ち着いたのも束の間。
次は最も頭の痛い人物とやり合わなければならない。
考えるだけでため息が出た。
床に転がる偽物が、さっきからずっと反抗的な目つきで私を見ている。
認めたくはないが、確かに同じ血が流れているのだろう。
そう思わざるを得ないほど、私たちの容姿はよく似ている。
同じ皇家の血を引きながら、私と自分の育った環境があまりに違うことを恨んでいるのだろうか。
それとも、ただ単に皇子と認めてもらいたかった?
どちらにしても、私を恨むのは筋違いというものだ。
しかしほんの少しだけ、この偽物が何を考えているのか興味が湧いた。
私は立ち上がると偽物の側に寄り、奴の口元に巻いた布を少しずらした。
「お前、名前は?」
しかし男は答えない。
あくまでエミルの仮面を被り通すつもりか。
「エリクというそうだな。そして母の名はソーニャ。別に答えなくてもすべて調査済みだ。ちなみにお前の母親の住まいは現在私の手の者が包囲している。随分と羽振りの良い暮らしをしているようだと先日報告が入った」
「っ……!母さんには手を出すな!」
「馬鹿が。お前たちのしたことがどれほどの罪かわかった上で言っているのか?全員死罪は免れない。最も、死罪だけで済むかどうか」
死して尚、人の尊厳を貶めるやり方はいくらでもある。
そこに罪人の意思など関係ない。
この未曾有の事態に対し、民の感情をどこに着地させるか、それがすべてだ。
「お前も、お前に関わったすべての者たちも、楽には死ねない。大勢の命を引き換えに得た三か月は楽しかったか?まあ、執務室であんな行為に及ぶくらいだ。聞くまでもないな」
自分そっくりの男が女と淫らな行為に耽る姿を思い出し、再び気分が悪くなる。
「あんな女、好きで抱いたわけじゃない!」
「その割に楽しんでいたようだが?」
「楽しんでいたのはあの女だけだ!俺はただ、女を早く孕ませるよう命令されたから、その通りにしていただけだ!」
「ほう、ようやく喋る気になったのか」
それにしても【早く孕ませるよう命令された】とは、聞き捨てならない言葉だ。
「お前にそう命令したのはバラーク侯爵だな。奴はヤノシュ伯爵令嬢を養女にするつもりだそうだが……なるほど、それは日夜励めと言われるわけだ。彼女が皇子を産めば、奴らの思う通り、万々歳だ。例えお前がいなくなったとしても」
「何……?」
エリクは眉根を寄せた。
「バラークにとっては邪魔なんだよお前も私も。必要なのは皇家の血を引く子どもだ」
今は黙って言うことを聞いているエリクも、いずれは何かしら主張をするようになっていくだろう。
そうなればバラークにとってエリクの存在は邪魔になる。
何せ皇太子暗殺の秘密を知るひとりだ。
それを盾にバラーク側が脅される可能性だって否定できない。
だから子どもを産ませ、自分がその後見となった後エリクを何らかの方法で始末すれば、誰になにを言われることもなく、権力を好きなように行使できる。
あとは皇帝が死ぬのを待つだけだ。
私が言ったことを理解したのかそうでないのか。
エリクは俯き、何かを考えている。
「お前、なんでこんなことに加担したんだ。母親とお前が皇宮から追い出された過程は気の毒だとは思うが……一生楽に暮らせるだけのものは渡してあると聞いているが」
「そんなもの、持ったことのない人間に渡したら、どうなるかくらい想像がつくだろ……」
「使い果たしたのか」
苦渋に満ちた表情が、これまでの苦労を語っているようだった。
金の使い道は男か、日々の贅沢か、それともその両方か。
「母さんは何も知らない。バラーク侯爵は、俺を相応しい身分に戻すと……だから皇子の名乗りを上げるものだとばかり思っていたんだ。それがまさかこんなことになるなんて……」
「お前が拒否すれば母親を殺すとでも言われたか」
答えないのは肯定だろう。
だがこの件に関しては同情できない。
「お前がどこでどんな暮らしをしていたかは知らないが、権力争いに足を踏み込めば、命の危険があることくらいわかるだろう」
最初の時点で……計画の全貌を知る前に拒否しておけば良かったのだ。
そうすれば命まで取られることはなかっただろう。
「こんな宮殿で贅沢に暮らしてきたお前に、俺の何がわかるっていうんだ!」
「わからないさ。ただ私は、例えどんな境遇に置かれても、決して自分の人生を他人の手に委ねたりなどしない」
生きることも死ぬことも、すべて自分の意思で決める。
「血が繋がっていても、そこは似なかったようだな」
ラデクに目配せをして、扉を開けさせる。
監視のため、部屋に残る人員を選び、部屋を出ようとしたその瞬間、なぜか足が止まる。
振り返ると、自分と同じ紫水晶の瞳がこちらを見ていた。
半分だけ血の繋がった異母弟で、これから帝国史上に大罪人として名を刻む者。
「安心しろ。代償は必ず全員に払わせる。例えそれが誰であろうと」
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