35 / 71
35
しおりを挟む(命よりも大切に思う方……?)
そしてルツィエルは続けた。
「もしこの事件が、その方の失脚を望むような輩の仕業だとしたら、見過ごすことなどできません!」
ルツィエルの命が関わる相手で、尚且つそれが失脚への一つの要因になり得る人間……
──それって、私だよな
マスクの下の顔がだらしなく緩む。
自分の命より私の方が大切……そんなに私を想ってくれていたのか。
それなのに、どうしてこれまで直接その気持ちを伝えてくれなかったんだ。
ルツィエルがもう少しだけ積極的になってくれれば、コートニー侯爵の対抗措置も、随分緩和されたはずなのに。
けれどそんな慎ましいところがルツィエルの素晴らしいところだ。
(可愛いが過ぎる……いじらしいが過ぎるぞルツィエル……!)
しかしそこでふと我に返る。
──まて、ぬか喜びは厳禁だ
命より大切な方……身内に【方】なんて使わないだろうが、もしかしたらその大切な方というのはコートニー侯爵家に関わる人間の事かもしれない。
ルツィエルの存在は貴重だ。
彼女を失う事で不利益を被る人間は数多くいるだろう。
これは、ルツィエルの口から直接聞かねばなるまい。
私は意を決して振り向いた。
「……お前の『大切に想う方』というのは男か?」
「は?ええ、あの……はい、そうです」
【男】
その一言に“それが他の男だったら……”と思うと全身が総毛立つ。
もしそうなら偽物やらバラークの事など忘れて、すぐさまそいつの首を絞め上げに走ってしまうかもしれない。
ゴクリ。
私は唾を飲んだ。
「その男に惚れてるのか」
「えっ!?」
ルツィエルは何やら言いにくそうに口ごもった。
誰だ……誰なんだ。
頼むからその可愛らしい唇から他の男の名前など呼ばないでくれ。
背中に嫌な汗が流れる。
こんな汗、他人に流させた事は山ほどあれど、自分が流した事などない。
私をこんな気持ちにさせるのは君だけだ、ルツィエル。
「その方に初めてお会いしたのは五歳の時でした……あまりの美しさに妖精なのかと思って」
ゆっくりと語り始めたルツィエルの口元は、柔らかく綻んでいた。
──神よ……!!
二十八年……いや、正確には出会ってから十三年。
妖精の皮を被り続けてこれほど良かったと思った事はない。
「高貴な生まれの方なのですが、ご自身の地位に甘んじることなく、幼い頃からずっと努力を重ねていらしたと聞きます。文武両道で、剣の腕も素晴らしいのです」
本当は努力などしなくても、何でもできる子だったんだ。
けれどそう伝わった方が好感度が増すと思って、少し色々と情報操作しただけなんだ。
「感情に振り回されぬようご自身を律していらっしゃるせいで『冷徹』なんて言われているけれど、誰にでも平等で、頑張っている人にはちゃんと心を砕いて下さるんです。……本当はとても優しい方なの」
うん。たまに感情に振り回され過ぎて、父上の側近の首も絞めるし周囲に怒鳴り散らす事もあるけれど、概ねその通りだよ。
頑張っている者は好きだ。
なぜなら君を思い出すから。
「滅多にお会いできるような方ではないので、いつも遠くから眺めるだけでしたが、それでも言葉を交わす機会があると嬉しくて……せめてなにかお役に立てたならと、たくさんのことを学びました」
君は、君だけはやたらめったら私に会えるんだよルツィエル。
例え隣国の大使たちを集めた大会議だろうと、君が『会いたい』と一言言ってくれさえすれば、奴らを待たせてすぐに会いに行った。
けれど君は何も意思表示してくれないから、遠くから眺める君をずっと、遠くから眺めていたよ。
「側にいたい一心で、ずっと追いかけて……そんな願いが叶って一度は婚約を結ぶことになりました。夢を見ているようでした。だって、心から愛する方の元に嫁げるなんて、貴族に生まれた私にはありえないほどの奇跡ですもの。けれど、その方は私とは正反対の方に心変わりを──」
その言葉を聞いた瞬間、唐突に私の理性がぶっちぎれた。
72
お気に入りに追加
3,573
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
結婚しましたが、愛されていません
うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。
彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。
為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……
出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。
ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。
しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。
ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。
それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。
この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。
しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。
そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。
素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
〈完結〉「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
「いなくても困らない」と言われたから、他国の皇帝妃になってやりました
ネコ
恋愛
「お前はいなくても困らない」。そう告げられた瞬間、私の心は凍りついた。王国一の高貴な婚約者を得たはずなのに、彼の裏切りはあまりにも身勝手だった。かくなる上は、誰もが恐れ多いと敬う帝国の皇帝のもとへ嫁ぐまで。失意の底で誓った決意が、私の運命を大きく変えていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる