35 / 71
35
しおりを挟むそれからというもの、スフィアは毎日のようにイアン様に会いに行くようになった。
ミラベルさんいわく、自分の仕事や薬師としての勉強など、やるべきことは全てやっているそうだし、彼女との交流は間違いなくイアン様にいい影響を与えているだろう。
なので、わたしも何も言わなかった。
その一方で、わたしたちはイアン様に処方する薬を作るため、その薬材集めに精を出していた。
いかんせん必要な種類が多いので、どうしても足りない薬材が出てくる。
というわけで、今日もわたしは皆に協力してもらいながら、西の森で採取を行っていた。
「エリンさん、オバケソウモドキというのは、これで合っているんですか?」
ミラベルさんと一緒に茂みから出てきたクロエさんが、手に持っていた植物を見せながら訊いてくる。
「あっ、いえ、それはオバケソウです。よく似ているのですが、今回の薬に使うのとは別の植物になります」
「そうですか……むむ、わかりにくいですねぇ」
「す、すみません。でも、オバケソウも薬材になりますので」
クロエさんは手元の植物を凝視しながら眉をひそめる。
細い茎の先に白い綿毛のような花がついたそれは、風が吹くとゆらゆらと大きく揺れる。
かつて、どこかの誰かがその様子をオバケと見間違えたことが由来となり、オバケソウという名前がついているのだ。
「エリンさーん! オッポ草って、これで合ってる!?」
その直後、反対側の茂みからマイラさんが勢いよく飛び出してきた。その手には薄緑色をした、毛玉のような花があった。
「あ、合ってます。マイラさん、ありがとうございます」
「へへー、この草は覚えたよ! 変わった見た目だしね!」
「そ、そうなんです。それこそ動物の尾っぽに見えるので、オッポ草という名前がついているんです」
「しかし、これが薬の材料になるとは誰も思わないぞ」
マイラさんの手にある草に視線を送りながら、ミラベルさんが怪訝そうな顔をする。
「オッポ草は虚弱体質や食欲不振に効果があります。解熱作用もあるので、熱冷ましに入れられることもあり、変わったところでは、おしりの薬にも……」
「わ、わかったわかった。相変わらず薬のことになると饒舌になるな」
「す、すみません」
つい熱弁を振るいかけたところを、ミラベルさんにたしなめられる。うう、恥ずかしい……。
「これで、残る薬材はいくつだ?」
「えっと、あとはオバケソウモドキだけですね。リクルル豆は街の市場でも買えますので」
わたしがそう告げると、ミラベルさんは安堵の表情を見せる。
今回、イアン様に作る薬は別名、薬の王様とも呼ばれるもので、使用する薬材は10種類。さすがに集めるのに時間がかかってしまった。
「なら、あと一息だな。最後は皆で探すとしよう。私たちでは見分けがつかないから、よろしく頼むぞ。エリン先生」
「は、はひ……!」
軽く背中を叩かれて、わたしは思わず背筋が伸びる。
生育場所はすでに見当がついているし、そこまで時間はかからないはずだ。
……その後、無事にオバケモドキを採取し、わたしたちは街へと戻った。
西日を受けてオレンジ色に染まりつつある市場を、皆と一緒に歩く。
「せっかくですし、夕飯の買い物をしていきましょうか。体力自慢の荷物持ちもいることですし」
「クロエさーん、荷物持ちって、あたしのことだよね? まだ持たせるつもりなの?」
「夕方になると、市場では在庫を抱えたくないお店の割引合戦が始まるので、買い時なんですよー。せっかくなので、保存が利くものはできるだけ買っておきたいんです」
すでに薬材が詰まった袋をかつぐマイラさんを横目に、クロエさんはクスクスと笑う。
「さすが商人志望、抜け目がないな……いいだろう。買い物は任せる」
その様子を見ながら、半ば呆れ顔でミラベルさんが頷く。
そろそろスフィアも工房に戻っている頃だろうし、今から買い物をして帰れば、ちょうど夕飯時だ。
「あっ、それなら、わたしはリクルル豆を買ってきます」
「え? 一緒に行こうよ」
「い、いえ、すぐに済みますので。買い物、していてください」
そのまま買い出しの流れになる中、わたしは一人皆の輪から外れる。
野菜売り場に行けばリクルル豆自体は売っているのだけど、それらは全てサヤから実を取り出して、量り売りされているもの。
薬材として使うのは実ではなくサヤのほうで、サヤつきのリクルル豆は、市場の端にあるお店にしか売っていないのだ。
「そ、それでは、行ってきます」
懐にお財布があるのを確認してから、わたしは皆とは反対方向へと歩いていく。
やがて見えてきたのは、おばあさんが一人で切り盛りする本当に小さなお店だった。
「こ、こんにちは。リクルル豆、ありますか」
「ああ、いらっしゃい。あるにはあるけど、ちょっとねぇ……」
勇気を振り絞って声をかけると、おばあさんはなんともいえない顔をした。
「え、どうしたんですか」
「一袋でねぇ、250ピールもするんだよ。サヤつきでだよ?」
するとそんな言葉が返ってきて、わたしは固まってしまう。
リクルル豆は普段、100ピールほどで買える。それが倍以上になっているなんて、どういうこと?
「あ、あの、なんでこんなに高いんですか? ここのところ、ずっと天気も良かったですよね?」
「商人さんがねぇ。一袋200ピールじゃないと売れないって言うんだよ。値上がりしてるんだってさ」
おばあさんはため息まじりに言って、「これでも、うちも頑張らせてもらってるんだよ。原価ギリギリさ」と続けた。
「……わ、わかりました。それ、買わせてください」
「おや、いいのかい? もう一度言うけど、サヤつきなんだよ? 食べられる部分は、かなり少ないよ?」
「か、構わないです。むしろ、サヤのほうを使うので」
そう伝えるも、おばあさんは首を傾げていた。
説明し始めると長くなると思ったわたしは、すぐさま代金を支払い、お店をあとにする。
「予想外の出費だったけど、薬を作るためだし、仕方ないよね」
青々としたリクルル豆の入った袋を見つめながら、自分を納得させるように呟く。
……それにしても、どうして急にリクルル豆の値段が上がったんだろう。
この街ではスイートリーフに並んでポピュラーな食材だし、スープにキッシュにと、その用途も多彩だ。下手に価格が高騰すれば、家庭の食卓を直撃しかねない。
「あっ! エリン先生ー!」
そんなことを考えながら歩いていると、背後からスフィアの声がした。
「あれ、スフィアも市場に用事ですか?」
「違います! 追われているんです! 匿ってください!」
振り返りながら尋ねるも、そんな言葉が返ってきた。
……え、なにこの状況。いつか見た光景なんだけど。
72
お気に入りに追加
3,572
あなたにおすすめの小説
出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。
ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。
しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。
ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。
それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。
この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。
しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。
そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。
素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
〈完結〉「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました
Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。
必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。
──目を覚まして気付く。
私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰?
“私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。
こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。
だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。
彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!?
そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
『まて』をやめました【完結】
かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。
朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。
時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの?
超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌!
恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。
貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。
だから、もう縋って来ないでね。
本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます
※小説になろうさんにも、別名で載せています
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる