もう、追いかけない

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25 三か月前の真実⑭ エミル

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 ──ただ乗り込めば済む問題ではない?

 「よし言ってみろラデク……この私が、傷付けられたルツィエルを放置しなければならないほどの、どんな問題があるって?」

 「殿下、敵は私ではございませんので、どうか殺気をおしまいください。殿下もお気付きなのではありませんか?」

 「なにをだ」

 「今回の件、ヤノシュ伯爵が一人で計画できるようなものではないと」

 確かにそれはずっと思っていた。
 だからこそ帝都に戻る必要があるのだ。
 真の敵は偽物の側にいて、奴を傀儡のように操っているはず。

 「まだ真の敵は動きを見せておりません。今殿下が正面から出て行っては逃げられるだけです」

 「……蜥蜴とかげの尻尾切りか。だが、見捨てられたヤノシュがあっさりと口を割るかもしれないだろう」

 「敵が素性を明かさずヤノシュ伯爵を操っている場合も考えられます。ヤノシュ伯爵領は決して豊かとは言えません。手っ取り早く金の力を使えば、あり得ない話ではないかと」

 「確かにな……」

 私はおもむろに、雨漏りがしそうなヤンの家の天井を見上げる。
 領民は困窮しているとまではいかないものの、ギリギリの生活といったところか。

 「貧しい暮らしを強いられ、人殺しの片棒を担がされたり……とんでもない領主を持つと領民も苦労するな」

 ヤンは何か言いたげた顔でこちらを見ている。
 さて、どうしたものか。
 今すぐにルツィエルの元へ行き、事の真相をすべて話して安心させてやりたい。
 だが、今の状況ですべてを知れば、ルツィエルのあの性格だ。
 きっと私の役に立とうとして、危ないことにも平気で首を突っ込むだろう。

 「それと、殿下にお伝えしなければならないことがもう一つございます」

 「なんだ、まだなにかあるのか」

 ラデクは苦々しい顔で口を開く。

 「これは私の落ち度です。何名かの仲間が姿を消しました」

 「殺られたのか?」

 「いえ、今は火急の任務もありませんので、それは考えにくいかと。ただ時期が時期なので……ただの懸念で終わればいいのですが、もしかしたら……」

 「敵側に寝返った可能性があるということか。それはまずいな」

 万が一敵側に引き込まれていたとすると、こちらの行動がある程度予測されてしまう。
 それになにより、こいつらは私のアキレス腱がルツィエルだということを嫌というほど知っている。

 「ルツィエル様の様子知りたさに、我々をしょっちゅうコートニー侯爵家へ派遣させていたのが仇となりましたね」

 「お前、自分の落ち度だと言うのなら、態度も発言ももう少ししおらしくしておけ」

 ラデクの、窮地においてもふてぶてしいこの肝の据わり方は高く評価しているが、時々無性に腹が立つ。

 「ラデク、皇宮に乗り込むのはやめた。まずは敵側の計画の全貌を暴くのが先だ」

 ラデクはあからさまに安堵する。

 「行っちゃうの?」

 ヤンの手から逃げ出したダナが、いつの間にか隣に立っていた。

 「ああ。でも皆一緒だ」

 「え?」

 ダナはきょとんとした顔で私を見上げている。

 「ヤン、今すぐに村の者たちを呼んでこい。ここを出るぞ」

 「で、出るって、いったいどこにですか!?」

 私の暗殺に関わった者たちだ。
 このままここにいたら、間違いなく殺される。

 「非常時のための場所がある。各自一日分の飲み水と食料だけ持って来るように伝えろ。揃い次第出発だ」


 

 
 
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