24 / 71
24 三か月前の真実⑬ エミル
しおりを挟む「私を見たというのは地下か?」
ラデクは首を横に振る。
「いいえ、一階の客室でした」
ラデクたちは皇宮から派遣された一団に紛れ込み、確かに私を見たと言う。
「ヤン、ヤノシュ伯爵邸内で私に似た男を見た事があるか?」
「い、いいえ。そもそも俺たちは屋敷の中をうろつく事は許されていませんでしたし、出入りも使用人たちが使う裏口でしたから」
「では事故の前に、見知らぬ人間が出入りしている所は見たことあるか?」
「ああ……それは……確か事故の数日前だったかな、領内を行く見知らぬ馬車を見ました」
「怪しいな……」
私の偽者が本当にヤノシュ伯爵邸にいたというのなら、恐らくその馬車でやってきたに違いない。
本物は地下に隠して、偽物を皇宮の一団に見せるなんて、小心者のくせになかなか大胆なことをしてくれる。
「数日して目を覚まされた殿下はすべてを忘れておられ……皆が動揺を隠せず、頭を抱えました」
しかし治療の面を考えても、こんな所にいつまでも皇太子を置いておく訳にはいかない。
幸い記憶を失った以外目立った外傷もなかったために、一団は偽物を皇宮に連れ帰ったそうだ。
本物の私はなかなかの重症だったが。
「皇宮に戻られた殿下は、臣下たちの顔はほとんど忘れておられました。もちろん我々のことも。ただ唯一、陛下と皇后陛下の顔はおわかりになったそうですが」
「そりゃ在位も長いし絵姿も出回り過ぎてるからな。この国に住んでいれば誰だって父上と母上の顔は知ってるさ。記憶喪失というのは偽物だと気付かれないようにするための嘘だろう」
これだけ大掛かりなことを実行するには、入念な準備がなければ不可能だ。
その間、偽物には学ぶ時間が山ほどあったはず。
それなのに記憶喪失なんて手段を取らざるを得なかったのは、偽物の私は貴族の顔と名前も覚えられないようなぼんくらだということだ。
「はい。その……それで……」
やけに歯切れが悪い。
「なんだ?」
「あの……皇宮に戻られた殿下に、ルツィエル様が何度も面会を申し込まれて……」
「ルツィエルが!?」
あまりの驚きに思わず音を立てて身を乗り出してしまった。
恥じらって、私に話し掛けることも躊躇うルツィエルが、何度も面会を求めたと?
「ルツィエル……」
ニヤつく顔を止められず、思わず手で顔を覆う。
心配だっただろう。
それは夜も眠れぬほどに。
なんて可愛いのか──
そこである懸念が頭をよぎる。
「おい!その偽物、まさかルツィエルに手を出してはいないだろうな!?」
「それが……殿下の偽物はルツィエル様を無視し、ヤノシュ伯爵令嬢と逢瀬を繰り返されて──」
「なんだと……?」
ラデクの口から発せられた聞き捨てならない一言に、頭の中が真っ白になった。
ルツィエルを無視?誰が?私が?いや違う、私のそっくり野郎が?
「挙げ句ルツィエル様に、婚約内定を白紙に戻すと……それも直に告げるのではなく、他人に手紙を書かせておりました」
──は……?
「まて、ラデクお前……今なんて、今なんて言った?」
「あの……ですから、ルツィエル様との婚約内定を白紙にと──」
ヤンとラデクの目の前で、エミルが手を置いていただけのテーブルがベキベキと音を立てて割れた。
「う、家で一番高いテーブルがぁぁあ!!」
「っ、殿下!どうかお気を確かに!」
こんな衝撃的な事実を聞かされて、それでも尚、お気を確かにいられる人間がいたら教えてもらいたい。
「婚約内定を白紙……?婚約内定を白……」
これまでの苦労が、いきなり現れた偽物野郎の手によって、すべて水の泡にされただと?
いや、それだけじゃない。
「ラデク!ルツィエルの様子は!?」
「それがその……こちらも見ていられないほどに憔悴しておられて……」
──ルツィエルが、傷付けられた
目の前が真っ暗になる。
大切に大切に見守ってきた愛しいルツィエルが……
「ラデク……皇宮に戻るぞ……」
腹の底から仄暗い炎が勢いよく燃え盛る。
ルツィエルを……しかも私にそっくりな顔で傷付けるとは万死に値する。
「市中どころか帝国中引き回した上で少しずつ肉片に変えてやらねば気が済まん……!」
ヤンが少し離れた所にいるダナの耳をカタカタと震えながら塞いでいるが、これは当然の報いだ。
「殿下、お気持ちはわかりま──」
「既に結婚していて子だくさんのお前にこの気持ちがわかるかぁっっ!!」
なんのために周りから口煩く言われようが二十八まで独身を貫いてきたと思ってる。
乳牛闘牛老牛と、事あるごとに誘惑という名の迷惑な体当たりをかまされ、臣下の娘や妻を斬り殺しそうになったことなど何度もある。
いや、ひと思いにやってしまいたかった。
けれどそれをしなかったのは妖精だからだ。
血にまみれた暴君なんて、妖精が好きなルツィエルになんて見せられる訳がない。
「殿下!確かに私は素晴らしい妻と子どもたちに恵まれておりますが、とにかく落ち着いてお聞きください!この問題は、ただ乗り込めば済む問題ではないような気がしております!」
83
お気に入りに追加
3,572
あなたにおすすめの小説
出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。
ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。
しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。
ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。
それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。
この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。
しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。
そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。
素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
〈完結〉「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました
Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。
必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。
──目を覚まして気付く。
私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰?
“私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。
こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。
だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。
彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!?
そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……
『まて』をやめました【完結】
かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。
朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。
時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの?
超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌!
恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。
貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。
だから、もう縋って来ないでね。
本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます
※小説になろうさんにも、別名で載せています
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる