もう、追いかけない

クマ三郎@書籍発売中

文字の大きさ
上 下
22 / 71

22 三か月前の真実⑪ エミル

しおりを挟む




 まさか、逃げ出したことがもう相手に知れたか?
 いや、ヤノシュ伯爵は帝都にいるはず。
 それにさっきの屋敷の様子からは、ヤノシュ伯爵のために私を捕らえようなんて気概のある人間もいなかった。

 「ヤン、オト、扉の前に立て」

 「扉を開けられないように押さえろってことですか?」

 「違う。隙間から外の様子を窺うから、盾になれ」

 「えっ!?」

 悲しみに打ち震える肉の盾を並べ、扉を少し開けてやや後方から外を覗き見ると、そこには確かに黒装束の集団がいた。
 
 「数は……二十といったところか……まずいな」

 こんなところまでわざわざ素人が追ってくるわけがない。
 皇太子を仕留めに来たのなら、間違いなく全員が手練れの暗殺者だろう。
 (せめてもう少し生き残りがいればな……)

 「ヤン、お前今すぐダナを連れて裏口から逃げろ。そして決して振り返らずに走れ。いいな」 

 「家に裏口はありません!」

 「私が蹴破って作ってやる。大丈夫だ、脆そうだからお前たちが余裕で通れるくらいのでかい穴が開くだろう」

 「ひどい……!」

 尊き皇太子殿下様が身体を張って逃がしてやると言っているのに、どこがひどいというのか。

 「それからお前たち──」
 
 私たちのやり取りを黙って聞いていた部下に視線を向けると、全員が覚悟を決めた表情をしている。
 
 「お前たちもヤンについていけ」

 予想外の言葉だったのだろう。
 私の告げた言葉を皆が眉根を寄せて拒否した。

 「殿下ひとりを置いては行けません!」

 「その身体で何ができる」

 私は腕を失くした部下を見据えた。

 「例え以前のように戦うことができなくても、殿下の盾にはなれます!」

 「敵の数を見てみろ。あいつらがさっき飛ばした早馬を見逃すと思うか?」

 ヤノシュ伯爵邸を脱出する際、厩舎から駿馬を見繕い、軽傷で済んだ部下を帝都へと向かわせた。
 しかし万が一奴らと鉢合わせしていたら、恐らくもうこの世にはいないだろう。
 
 「あとはお前たちだけが頼りだ。何があっても帝都に……家族の元にたどり着け。いいな、これは命令だ」

 長い付き合いだ。
 これ以上ごねても無駄なことは、彼ら自身が一番よくわかっている。

 「あの……じゃあ俺も」
 
 後ずさるオトの首根っこを掴む。

 「お前は残って私と戦闘だ。楽しいな、生き残ったなら素晴らしい褒美をやろう」

 「正気ですか!?無理ですよ!!」

 「敵がお前に気を取られてくれれば多少は状況がマシになる。私のことは気にしなくて大丈夫だから、好きなように剣を振り回してこい」

 「いやぁぁぁぁぁあ!」

 そして全員を配置につかせると、私は正面の扉からちょうど裏側に位置する壁に近付いた。

 「いいな、今から壁をぶち破るから、オトはそれと同時に外に出て敵の注意を引け。ヤンたちが逃げたのと同時に私も加勢に行く。……まあ、最悪一回出てすぐ家の中に立てこもれ」

 そして私は秒読みを始める。

 「いくぞ……五、四──」

 誰かの喉がごくりと鳴った。
 その時だった。

 「殿下!我らが主、エミル殿下はそこにいらっしゃいますか!」

 黒装束の男が叫ぶ声が響いたのだった。



 





しおりを挟む
感想 265

あなたにおすすめの小説

結婚しましたが、愛されていません

うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。 彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。 為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

〈完結〉「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

「いなくても困らない」と言われたから、他国の皇帝妃になってやりました

ネコ
恋愛
「お前はいなくても困らない」。そう告げられた瞬間、私の心は凍りついた。王国一の高貴な婚約者を得たはずなのに、彼の裏切りはあまりにも身勝手だった。かくなる上は、誰もが恐れ多いと敬う帝国の皇帝のもとへ嫁ぐまで。失意の底で誓った決意が、私の運命を大きく変えていく。

処理中です...