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22 三か月前の真実⑪ エミル
しおりを挟むまさか、逃げ出したことがもう相手に知れたか?
いや、ヤノシュ伯爵は帝都にいるはず。
それにさっきの屋敷の様子からは、ヤノシュ伯爵のために私を捕らえようなんて気概のある人間もいなかった。
「ヤン、オト、扉の前に立て」
「扉を開けられないように押さえろってことですか?」
「違う。隙間から外の様子を窺うから、盾になれ」
「えっ!?」
悲しみに打ち震える肉の盾を並べ、扉を少し開けてやや後方から外を覗き見ると、そこには確かに黒装束の集団がいた。
「数は……二十といったところか……まずいな」
こんなところまでわざわざ素人が追ってくるわけがない。
皇太子を仕留めに来たのなら、間違いなく全員が手練れの暗殺者だろう。
(せめてもう少し生き残りがいればな……)
「ヤン、お前今すぐダナを連れて裏口から逃げろ。そして決して振り返らずに走れ。いいな」
「家に裏口はありません!」
「私が蹴破って作ってやる。大丈夫だ、脆そうだからお前たちが余裕で通れるくらいのでかい穴が開くだろう」
「ひどい……!」
尊き皇太子殿下様が身体を張って逃がしてやると言っているのに、どこがひどいというのか。
「それからお前たち──」
私たちのやり取りを黙って聞いていた部下に視線を向けると、全員が覚悟を決めた表情をしている。
「お前たちもヤンについていけ」
予想外の言葉だったのだろう。
私の告げた言葉を皆が眉根を寄せて拒否した。
「殿下ひとりを置いては行けません!」
「その身体で何ができる」
私は腕を失くした部下を見据えた。
「例え以前のように戦うことができなくても、殿下の盾にはなれます!」
「敵の数を見てみろ。あいつらがさっき飛ばした早馬を見逃すと思うか?」
ヤノシュ伯爵邸を脱出する際、厩舎から駿馬を見繕い、軽傷で済んだ部下を帝都へと向かわせた。
しかし万が一奴らと鉢合わせしていたら、恐らくもうこの世にはいないだろう。
「あとはお前たちだけが頼りだ。何があっても帝都に……家族の元にたどり着け。いいな、これは命令だ」
長い付き合いだ。
これ以上ごねても無駄なことは、彼ら自身が一番よくわかっている。
「あの……じゃあ俺も」
後ずさるオトの首根っこを掴む。
「お前は残って私と戦闘だ。楽しいな、生き残ったなら素晴らしい褒美をやろう」
「正気ですか!?無理ですよ!!」
「敵がお前に気を取られてくれれば多少は状況がマシになる。私のことは気にしなくて大丈夫だから、好きなように剣を振り回してこい」
「いやぁぁぁぁぁあ!」
そして全員を配置につかせると、私は正面の扉からちょうど裏側に位置する壁に近付いた。
「いいな、今から壁をぶち破るから、オトはそれと同時に外に出て敵の注意を引け。ヤンたちが逃げたのと同時に私も加勢に行く。……まあ、最悪一回出てすぐ家の中に立てこもれ」
そして私は秒読みを始める。
「いくぞ……五、四──」
誰かの喉がごくりと鳴った。
その時だった。
「殿下!我らが主、エミル殿下はそこにいらっしゃいますか!」
黒装束の男が叫ぶ声が響いたのだった。
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