もう、追いかけない

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20 三か月前の真実⑨ エミル

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 (初めて出会った時、ルツィエルもこのくらいの年齢だったな)
 私を妖精と呼んだのは、彼女を含めこれで二人目だ。
 自然と自分の口元が緩むのがわかった。

 「やあ、可愛らしいお嬢さん。よろしければ私にお名前を教えていただけますか?」

 紳士が淑女にするように手を差し出すと、少女は嬉しそうに微笑み、小さな手をのせた。

 「私はダナよ。妖精さんはどうして家にきたの?」

 「これまでずっと、悪者に捕らわれていたんだ。けれど君のお兄さんたちの手を借りて、ようやく脱出することができたんだよ。ダナ、迎えが来るまでここにいてもいいかい?」
 
 「もちろんよ!ダナが守ってあげるわ」

 「それは頼もしい。頼んだよ」

 幼い少女との微笑ましいやり取りだというのに、ヤンが私を見る目は死んでいる。

 長年培ってきた妖精然とした振る舞いは伊達じゃない。
 それもこれも、今思えばすべてはルツィエルに好かれるためだったな──

 最初はただ幼子を可愛いと思う、誰もが抱くありふれた気持ちだった。
 幼少の頃からこれ以上ねじれようもないほどにねじ曲がっていた性根。
 けれどルツィエルは、そんな私にひたすら愛のこもった眼差しを向けてくれたから、なんとなく彼女の理想を壊すことが憚られた……いや、壊したくなかったんだ。私が。
 闘牛のように迫りくる女たちと違い、誰よりも私を想っているくせに、自分から近付く事はおろか話し掛けることもしない。
 ただただ私のために努力を続ける姿は何ともいじらしくて、このまま成長すればいいなと、最初の頃は年の離れた妹を見守るような気持ちだった。
 憧れもいつかは終わる。
 その頃には私を妖精のようだ、なんて言わなくなるだろう。
 淋しいような気もしないでもないが、それが成長するということだから。
 けれどルツィエルの私に向ける瞳は、今に至るまで初めて会った日と何も変わらなかった。
 変わっていったのはいとけない見た目で、その顔からはだんだんと幼さが抜けていき、身体も女性らしい曲線を描くようになった。
 その頃にはもう、自分の心から目を背ける事ができなかった。
 彼女は“年の離れた妹”なんかじゃない。
 “女”だった。

 しかし、自分の気持ちを自覚してから婚約内定を掴み取るまでが苦難の連続だった。

 ルツィエルを皇太子妃に迎えたいと初めて打診した時、コートニー侯爵はこの世の終わりのような顔をした。
 理由は簡単、ルツィエル以外にはいつも通り接していたから。
 愛情よりも地位や名誉が大事な親なら何の問題もなかったのだろうが、コートニー侯爵はルツィエルを溺愛している。
 皇太子妃にするのが嫌なんじゃなくて、私に嫁がせることが嫌なのが明白すぎた。
 それからは可能な限り良い人間であろうと心がけたし、ルツィエルの気持ちも変わらなかったから、なんとか婚約内定までたどり着くことができたのだ。
 これからだって、彼女が望むなら一生妖精のままでいても構わない。
 年齢的には妖精というより妖精王オベロンといったところだが。

 「ねえ、妖精さんはお迎えがきたらどこに行くの?」

 「ん?どこに行くって?私を待っていてくれる人のところへ帰るんだよ」

 「まあ!結婚するの?」

 「ああ」

 「素敵!今話題の皇太子殿下の恋物語みたいね」

 ──皇太子殿下の恋物語?

 

 
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