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18 三か月前の真実⑦ エミル

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 男はまだ何か言いたそうだったが、これ以上聞いてやる義理はない。
 皇太子の頭上から巨大な岩を落としておいて、助けてもらえること自体が奇跡だというのに。

 「短い縁だったな」
 
 剣を振り上げると同時に男は叫んだ。
 
 「わ、わかりました!信じる!信じます!」

 「そうか、懸命な判断だ。行くぞ」

 「へ?ど、どこにですか」

 「まずは扉の外にいる奴を呼んでこい。部屋に入れる前に、死にたくなければすべて黙って飲み込むよう言い聞かせておけ」

 待つこと数分。
 あまりの遅さに蹴破ってやろうかと思ったら、ようやく扉が開いた。
 さっきの男に連れられて、恐る恐る入って来たのは、これまた見事に半信半疑の表情をした男。

 「お前たち、名前は?」

 私の問いに、さっき首を絞めた男はヤン、後から来た男はオトと名乗った。
 私はオトに視線を合わせた。

 「話はヤンから聞いたな?私はここを出なければならない。そしてお前たちは、自分と家族の命を守りたい。利害は一致している。だから案内を頼む」

 「案内?」

 「私を従者たちのところまで導き、脱出の手助けをしろ」

 私の言葉にオトは目を剥いた。

 「そ、そんな!そんなことがもし伯爵さまにバレたら、俺たちどんな目にあわされるか!」

 「安心しろ。お前たちの人生はもう既に、破滅に向かって行くところまで行っている」

 つまりはなにをしようが結局は殺されるということだ。
 相手がヤノシュ伯爵だけならチャンスはあるかもしれないが、裏で糸を引いている人物がいるとしたら、そいつはこの者たちはもちろんヤノシュ伯爵も生かしてはおかないはず。
 もしかしたらヤノシュ伯爵は、その事を薄々感じていたのかもしれない。
 ずる賢い人間は臆病者が多い。
 そして己の危機に人一倍敏感だ。
 万が一の時は私を皇宮に連れて行き、自分に指示した者を告発しようとでも考えたか。
 それなら私の命を救ったのも納得がいく。

 「物事とは単純に考えるのが一番だ。オト、私とヤノシュ伯爵、どちらが力がある?」

 言わずもがなだ。
 オトの目に、ほんの少し光が宿った。

 「よし、行くぞ」


 ヤンとオトに導かれ、長く過ごした地下を出る。
 屋内だから新鮮とまではいかないが、それでも地下の澱んだ空気とはまるで違う。

 「従者の方は一階の奥にいます」

 用心しながら進む。
 しかし、邸内は拍子抜けするほどに手薄だった。
 (舐められたものだな)
 一人ではなにもできないと侮られていたのだろう。
 若干腹立たしい気持ちはあるが、今となってはそれもありがたい。
 

 


 
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