もう、追いかけない

クマ三郎@書籍発売中

文字の大きさ
上 下
15 / 71

15 三か月前の真実④ エミル

しおりを挟む




 岩を落とす瞬間、男たちは皆目を瞑った。
 あまりに恐ろしくて、直視することができなかったのだ。
 岩はすさまじい音を立てながら落下し、あっという間に崖下の一団を覆い隠した。
 ヤノシュ伯爵の隣にいた男は、岩に押しつぶされた一団にまったく動きがみられないことを確認すると、再び伯爵になにか耳打ちし、その場を立ち去った。

 『下に降りるぞ』

 ヤノシュ伯爵は男たちを下におろすと、状況を確認させた。
 さっきまで生きていた人間が、無残にも岩に潰され、辺りには血や内臓が飛び散っていた。
 凄惨な状況を目の当たりにし、吐き気をもよおす者が続出する中、伯爵は一団の中心を走っていた馬車に近付く。
 馬車は横に倒れてはいたものの、奇跡的に損傷が少なかった。
 だが、黒塗りの車体に刻まれていたあるものに、男たちは目を見張った。
 それは、王冠を守るように立つ二頭の黄金の獅子。
 フェレンツ皇家の紋章だった。
 男たちは激しく動揺した。
 例え命令されたからとはいえ、自分たちが襲ったのが皇家の一団だったとは。
 皇族の殺人に加担したとなれば、ヤノシュ伯爵のみならず、男たちも一族郎党死罪に処せられる。
 まさか謀反でも起こすつもりなのだろうか。
 しかしヤノシュ伯爵にそんな器がないことはここにいる全員が知っていた。
 それならヤノシュ伯爵はなぜこんな大それたことをしたのか。

 『扉を開けろ』

 命令され、ひしゃげた馬車の扉を数人がかりでこじ開けると、中にはこの世のものとは思えぬほどに美しい、女と見紛う男性がいた。
 てっきり死んでいるものと思っていたが、男性には息があったのだ。

 『おい!中はどうなっている』

 男たちは顔を見合わせた。
 中の様子を報告しろというヤノシュ伯爵に、このことを伝えるべきなのか迷ったのだ。
 容姿だけではない、身なりからしてもこの男性が皇族なのは間違いないだろう。
 生きていることが知られれば、すぐさま殺されてしまうのではないだろうか。
 落石は事故ということにしてこの男性を助ければ、死罪は免れるかもしれないのに。
 なかなか返事をしない男たちに痺れを切らしたヤノシュ伯爵は、直接確認しようと馬車の上に乗り、中を覗き込んだ。
 もう終わりだ──誰もがそう思った。
 しかし男性が生きていることに気付いたヤノシュ伯爵は、しばらく何かを考え込んだあと、ニヤリと笑った。

 『ふ……ふふ……もしかしたら、俺にもついに運が向いてきたのかもしれない……』

 そう言って薄気味悪く微笑んだ。

 『この男を屋敷に運べ。いいか、絶対誰にも見られるなよ』

 ヤノシュ伯爵はそう言い残し、その場を立ち去った。
 男たちは馬車の中から男性の身体を慎重に引っ張り上げた。
 そしてそれぞれ着ていた衣服を脱ぐと、男性の身元を隠すように上に掛けたのだった。
 

 
 
 
しおりを挟む
感想 265

あなたにおすすめの小説

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

〈完結〉「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

『まて』をやめました【完結】

かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。 朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。 時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの? 超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌! 恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。 貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。 だから、もう縋って来ないでね。 本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます ※小説になろうさんにも、別名で載せています

【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました

Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。 必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。 ──目を覚まして気付く。 私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰? “私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。 こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。 だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。 彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!? そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

処理中です...