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15 三か月前の真実④ エミル
しおりを挟む岩を落とす瞬間、男たちは皆目を瞑った。
あまりに恐ろしくて、直視することができなかったのだ。
岩はすさまじい音を立てながら落下し、あっという間に崖下の一団を覆い隠した。
ヤノシュ伯爵の隣にいた男は、岩に押しつぶされた一団にまったく動きがみられないことを確認すると、再び伯爵になにか耳打ちし、その場を立ち去った。
『下に降りるぞ』
ヤノシュ伯爵は男たちを下におろすと、状況を確認させた。
さっきまで生きていた人間が、無残にも岩に潰され、辺りには血や内臓が飛び散っていた。
凄惨な状況を目の当たりにし、吐き気をもよおす者が続出する中、伯爵は一団の中心を走っていた馬車に近付く。
馬車は横に倒れてはいたものの、奇跡的に損傷が少なかった。
だが、黒塗りの車体に刻まれていたあるものに、男たちは目を見張った。
それは、王冠を守るように立つ二頭の黄金の獅子。
フェレンツ皇家の紋章だった。
男たちは激しく動揺した。
例え命令されたからとはいえ、自分たちが襲ったのが皇家の一団だったとは。
皇族の殺人に加担したとなれば、ヤノシュ伯爵のみならず、男たちも一族郎党死罪に処せられる。
まさか謀反でも起こすつもりなのだろうか。
しかしヤノシュ伯爵にそんな器がないことはここにいる全員が知っていた。
それならヤノシュ伯爵はなぜこんな大それたことをしたのか。
『扉を開けろ』
命令され、ひしゃげた馬車の扉を数人がかりでこじ開けると、中にはこの世のものとは思えぬほどに美しい、女と見紛う男性がいた。
てっきり死んでいるものと思っていたが、男性には息があったのだ。
『おい!中はどうなっている』
男たちは顔を見合わせた。
中の様子を報告しろというヤノシュ伯爵に、このことを伝えるべきなのか迷ったのだ。
容姿だけではない、身なりからしてもこの男性が皇族なのは間違いないだろう。
生きていることが知られれば、すぐさま殺されてしまうのではないだろうか。
落石は事故ということにしてこの男性を助ければ、死罪は免れるかもしれないのに。
なかなか返事をしない男たちに痺れを切らしたヤノシュ伯爵は、直接確認しようと馬車の上に乗り、中を覗き込んだ。
もう終わりだ──誰もがそう思った。
しかし男性が生きていることに気付いたヤノシュ伯爵は、しばらく何かを考え込んだあと、ニヤリと笑った。
『ふ……ふふ……もしかしたら、俺にもついに運が向いてきたのかもしれない……』
そう言って薄気味悪く微笑んだ。
『この男を屋敷に運べ。いいか、絶対誰にも見られるなよ』
ヤノシュ伯爵はそう言い残し、その場を立ち去った。
男たちは馬車の中から男性の身体を慎重に引っ張り上げた。
そしてそれぞれ着ていた衣服を脱ぐと、男性の身元を隠すように上に掛けたのだった。
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