もう、追いかけない

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 「高貴な生まれの方なのですが、ご自身の地位に甘んじることなく、幼い頃からずっと努力を重ねていらしたと聞きます。文武両道で、剣の腕も素晴らしいのです」

 皇宮で開かれる御前試合を何度か見に行ったが、それは素晴らしい腕前だった。
 けれどそこに野蛮さなど微塵もなく、戦う姿も麗しく優美だった。
 女性を肩に担いで運ぶようなこの人とは全然違う。

 「感情に振り回されぬようご自身を律していらっしゃるせいで『冷徹』なんて言われているけれど、誰にでも平等で、頑張っている人にはちゃんと心を砕いて下さるんです。……本当はとても優しい方なの」

 今は、その優しさも何もかもが、ヤノシュ伯爵令嬢のものだけれども。

 「滅多にお会いできるような方ではないので、いつも遠くから眺めるだけでしたが、それでも言葉を交わす機会があると嬉しくて……せめてなにかお役に立てたならと、たくさんのことを学びました」

 男は腕を組み、黙ったまま私の告白を聞いていた。

 「側にいたい一心で、ずっと追いかけて……そんな願いが叶って一度は婚約を結ぶことになりました。夢を見ているようでした。だって、心から愛する方の元に嫁げるなんて、貴族に生まれた私にはありえないほどの奇跡ですもの。けれど、その方は私とは正反対の方に心変わりを──」

 そこまで言いかけた時、ゴキッと骨の鳴るような音がした。
 (何!?)
 音の出どころは明らかに目の前の男だ。
 男はさっきまで組んでいた腕を外し、ならず者が喧嘩前によくやるような、指の関節を鳴らす仕草をしている。
 そして背後には明らかに不機嫌なオーラが漂っている。
 今の話の中に、彼を不愉快にさせるところでもあったのだろうか。
 しかしこれは赤の他人の話。彼のことではない。
 私はとりあえず続けることにした。

 「お相手の方は、私とは正反対のとても可愛らしい方で……心変わりされてもしかた──」

 ゴキゴキッ!!

 (なんなの!?)
 もしかして物騒な見た目に反して中身は真面目な人なのだろうか。
 たとえ他人のこととはいえ、浮気は許せない?それとも浮気された経験があるとか?
 (とにかく心変わり云々についてはもう話すのをやめよう)
 気を取り直し、再び続ける。

 「私は、あの方に幸せになって欲しいのです。だから黙って身を引きました。けれどその直後に予期しない事が立て続けに起こりました」

 ヤノシュ伯爵令嬢からは友人なってくれと。
 また、エミル殿下からはヤノシュ伯爵令嬢の相談役になれと。
 そしてその両方を断ったら今度は殺されかけた。

 「今回命を狙われたことが無関係だとはどうしても思えません。ですから知りたいのです。これは私の命にも関わることです!それに──」

 私は宿から運び出された騎士や店主夫妻の遺体に目を向ける。

 「騎士と、店主夫妻の弔いをしなければ……それに騎士たちは帝都に家族がおります。私のために犠牲になった彼らの家族に、誠心誠意謝らなければなりません。そして手厚く葬ってやりたいのです。どうかお願いします。私を帝都まで連れて行ってください!」

 私は男に向かって深く頭を下げた。










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