8 / 71
8
しおりを挟む男は足音ひとつ立てず、さっきまで私が横になっていた寝台の方へ進んでいく。
(おかしいわ)
まるで部屋の構造をあらかじめわかっていたかのように、その足取りには迷いがない。
そして男の手は剣の柄に添えられている。
間違いない。私を殺すつもりだ。
男は寝台の上に私がいないことに気づくとランプの明かりを消し、辺りを見回した。
(怖い)
恐怖で身体が小刻みに震え、額に汗が滲む。
見つかるのは時間の問題だ。
どうして、なぜ私が殺されなければならないの。
皇太子の婚約者であれば、貴族のパワーゲームに巻き込まれ、命を狙われるのも理解できる。
けれど私は婚約を白紙にすることを大人しく受け入れたではないか。
男の動きに合わせ、空気が揺れる。
「ここにいたか」
頭上から聞こえた男の声は、ぞっとするほど低かった。
「あ……あ……」
喉が震え、声を上げることもできない私を見て、男はにやりと口元をつり上げた。
「悪いな。あんたに恨みはないが、こっちも仕事でね」
窓から差し込む月光を浴び、男が構えた剣の刃がギラリと光る。
こんなところで私は死ぬのか。
「いや……いやだ……エミル殿下……!!」
必死で声を振り絞り、愛しい人の名を呼んだ瞬間だった。
自分に向かって振り下ろされるはずの刃が止まる。
「う……ぁ……」
男はうめき声と共に目を見開き、口から大量の血を噴いた。
暗闇に目を凝らすと、男の身体から突き出た剣の先が見えた。
「ひっ……!!」
糸の切れた人形のように、男が床の上に崩れ落ちると、現れたのはまた黒装束に身を包んだ男。
フードを目深にかぶり、口元を覆っている。
(仲間?でも仲間ならどうして──)
「ぎゃあっ!」
廊下から金属同士がぶつかる音がして、男の悲鳴が聞こえた。
いったい何が起こっているのか。
訳がわからず、私は両腕で身体を抱いた。
剣に付いた血を素早く払うと、男が口を開いた。
「怪我は?」
「あ……え……?」
「怪我はないかと聞いている」
(私を殺すんじゃないの?)
男は放心したように見上げる私の全身を見回し、怪我がないことを確認すると小さく息を吐いた。
「疲れているところ悪いが、今すぐここを発て。途中まで我らの手の者が加勢する」
「我らの手の者……?あなたは何者ですか?」
男はその問いに答えてはくれなかった。
しかし、私を殺そうとした者たちの仲間でもなさそうだ。
(味方かどうかはわからないけれど、敵ではなさそうね)
今から発てば、明日の昼には領内に入る。
けれど、果たしてこのまま領地に帰ってもいいのだろうか。
暗殺者は明らかに私を狙っていた。
これは、自分の知らないところで何かが起こっているに違いない。
このまま領地に戻ってしまえば帝都の情勢がなにもわからなくなってしまう。
(そんなの嫌)
自分の命を他人の好きになんてさせてたまるか。
私は強く拳を握り締めた。
「あの、帝都まで送ってもらえないでしょうか!?」
「帝都?領地に行くのではないのか」
(なんで私が領地に行くって知ってるの?)
そんな疑問が頭を掠めたが、今はそれどころではない。
「彼らは明らかに私の命を狙っていました。なぜなのかを知りたいのです。だから戻ります」
男は少し驚いたように身体を引いて、私を見据えた。
そして一瞬、微笑むように目を細めた。
(笑った?)
暗くて良く見えないが、なぜかどこかで見たことがあるような気がした。
しかし男は、果たしてそれが誰だったのか思い出す時間を私に与えてはくれなかった。
「駄目だ」
そう言うと、間髪入れずに私を肩に担いだのだ。
「え?きゃあっ!!」
111
お気に入りに追加
3,572
あなたにおすすめの小説
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
〈完結〉「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。
ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。
しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。
ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。
それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。
この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。
しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。
そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。
素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
『まて』をやめました【完結】
かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。
朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。
時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの?
超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌!
恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。
貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。
だから、もう縋って来ないでね。
本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます
※小説になろうさんにも、別名で載せています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました
Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。
必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。
──目を覚まして気付く。
私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰?
“私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。
こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。
だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。
彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!?
そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる