もう、追いかけない

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 その日の夕方、私は帰邸した父の元へ行き、今日の出来事を話した。
 聞き終えたあと、父はしばらく難しい顔をして何かを考えているようだった。

 「……咄嗟についた嘘だったんだけど、このままここにいると面倒ごとに巻き込まれそうだから、しばらく領地に行こうかと思うの」

 何だか逃げるようであまりいい気分ではないが、今は誰とも関わりたくない気持ちの方が勝っている。
 
 「ルツィエル……実は今日エミル殿下に呼ばれ、お会いしたのだが……」

 「殿下に?」

 父は顔を顰め、言いにくそうに俯いている。

 「殿下は何の用でお父様を呼び出したの?」

 問い掛けると、父は諦めたようなため息をつき、口を開いた。

 「殿下は、お前をヤノシュ伯爵令嬢の相談役に置きたいと」

 「……なんですって……?」

 ヤノシュ伯爵令嬢は私に友人になれと言い、エミル殿下は相談役になれと?
 (いったいどういうつもりなの……?)
 エミル殿下の考えを窺い知る事はできないが、ひとつだけ言えることは──

 冗談じゃないわ

 「まさかお父様……そのお話、お受けしたの?」

 「いや……お前の気持ちもあるから、『すぐには返答しかねる』とだけ伝えてきた」

 父の答えに安堵する。
 例えどんな目に遭わされようとも、皇太子に逆らうことなんてできやしない。
 苦しい立場にいながら、それでも即答せずにいてくれた父に感謝しなければ。

 「お父様、私今すぐ領地に発ちます」

 父とは行き違いになったことにすればいい。
 さすがにエミル殿下も、領地で静養する私を無理矢理連れ戻せとは言わないだろう。

 「ルツィエルがそうしたいのなら私に反対する理由はないよ。殿下にもそのように伝えよう。ただ……」

 「“ただ”、なに?」

 しかし父はなぜか口ごもり、その続きを聞くことはできなかった。

 
 *

 『今すぐ』といってもさすがに夜は野盗や破落戸ごろつきなどに遭遇する危険があるため、明け方出発することに決めた。
 最低限必要なものだけを鞄に詰め込み、空が白み始める早朝、私は侯爵家の馬車に乗り込んだ。

 「急にお願いして、本当にごめんなさいね」

 「いいえ、ルツィエルお嬢様のためなら喜んで!」

 そばかすが可愛らしい御者のオレクは、いつも私の送迎を担当してくれている。
 彼は急な事にも関わらず、嫌な顔一つせず協力してくれた。
 オレクの合図で馬車が走り出す。
 走り出してしばらくすると、なんだか肩の力がふっと抜けたような気持ちになる。
 
 馬車の窓に寄り掛かり、遠ざかっていく帝都を眺めていると、馬車が速度を落とし始め、道端に停車した。

 「オレク、どうしたの?」

 「お嬢様……侯爵家を出てから少し離れてついてくる者たちがいます。どうしますか?」







 
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