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しおりを挟む──なんて美しい人だろう
その日私は、妖精のように美しいあの人に目を奪われ、恋に落ちてしまった。
五歳の春のことだった。
初めて訪れた皇宮。
きらびやかな宮殿と、色とりどりの花が咲き乱れる庭園に興奮した私は、『離れちゃ駄目よ』という母との約束を破り、案の定迷子になった。
美しく手入れされた広大な庭園でひとり、なすすべもなくすすり泣く私の前に現れたのは、銀の髪の美しい青年だった。
「どこから来た?迷ったのか」
腰まである長髪に、紫水晶のような淡く透き通る瞳は、まるで物語に出てくる妖精そのもの。
あまりの美しさに驚いた私は言葉を失い、ただただ瞠目した。
何も答えない私に、青年は困ったような表情で髪をかき上げ、ため息をついた。
「いいか、泣くなよ」
言うのと同時に青年は両手を伸ばし、私を抱き上げた。
「父親と一緒に来たのか?」
「……いいえ」
「では、母親と一緒に?」
頷くと、彼は何か思い付いたのか、ある方向へ向かって歩き出す。
道中、会話は一切なかった。
しかしそれは逆に、私にとって幸いだった。
無言で前を向く青年の美しい顔をずっと盗み見ていられたから。
しばらくすると、迷い込む時に通った庭園の入り口が見えてきた。
その少し先で、数名のご婦人が輪を作っている。
中心にいたのは泣きそうな顔をした母で、周囲のご婦人方に慰められているようだった。
おそらく行方不明になった私を必死で探していたのだろう。
「お母様──!!」
私は青年の腕の中から叫んだ。
するとこちらを見た母は、安堵したように破顔したが、私を抱く青年の顔を見た途端に青ざめた。
「こ、皇太子殿下!!」
青年は、慌てて駆け寄ってきた母の目の前で私を下ろした。
「帝国の若き太陽、エミル皇太子殿下にご挨拶申し上げます。コートニー侯爵家のアデーラと、これは娘のルツィエルでございます」
(皇太子殿下?この人が?)
「娘を助けていただき、ありがとうございます」
深々と頭を下げる母を横目に、妖精だと信じ込んでいた青年の思わぬ正体に驚いた……というよりがっかりした私は、思わず口走ってしまった。
「なんだ……妖精さんじゃなかったのね……」
「これっ!ルツィエル!」
妖精さんに会えた喜びが、一瞬にして消し飛んでしまった私は、母のお説教なんてどこ吹く風で。
それを見たエミル殿下は、突然吹き出したように笑ったのだ。
「ははっ!あははは」
ただでさえ美しいのに、笑った顔はもっともっと綺麗で輝いていた。
この日から私は、それまで大嫌いだった座学やダンスの練習に励んだ。
礼儀作法や教養を身につけなければ皇宮に連れて行かないと母に言われてしまったからだ。
どうしてもまた彼に会いたかった私は、必死で努力した。
けれど、どんなに努力したところで彼は雲の上の存在で、会うことはおろか、姿を見かけることさえ滅多になかった。
でもそれでもよかった。
努力を続けてさえいれば、いつか彼の目に留まる日がくるかもしれないと信じていたのだ。
そしてそんな想いが報われる時がやってくる。
私が十八の誕生日を迎えた日、息を切らし部屋にやってきた父から、私とエミル殿下の婚約が内定したと告げられた。
天にも昇る心地だった。
けれど、幸せな未来が待っていると信じて疑わなかった私は、本当に愚かだった。
今宵、夜会が開催される皇宮の大広間は、既に大勢の招待客で賑わっていた。
誰もが王族の入場を待ち焦がれる中、中央の大階段から降りてきたのは皇太子、エミル・バルダーク=フェレンツ。
彼は、隣を歩く愛らしい女性の手を引いていた。
「ユーリア、足元に気を付けて」
慈しむような眼差しに、頬を赤らめる女性。
ユーリア・ヤノシュ伯爵令嬢。
彼女は、私を忘れてしまった彼が選んだ新しい婚約者候補だ。
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