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第11話

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 暖かな光が降り注ぐ庭園には、色とりどりの花が咲いている。
 大理石の彫刻で飾られた噴水に美しく剪定された庭木。
 ここは、母が父を迎えるためだけに贅を凝らし造らせた場所。
 もっとも父が訪れることなどほとんどなかったが。

 『愛してるわディオン。あなただけが頼りなのよ。あなたが後継者に指名されれば、その時は私も……!』

 聞こえてきたのは母の言葉だ。
 もう何度も耳にした愛という名の呪いの言葉。
 そしてその言葉はいつもディオンにだけ与えられた。
 母から言葉をかけられたディオンは頬を紅潮させ、誇らしげに目を輝かせている。
 対して母がエミリアンにくれるものは、忌々しげな視線だけ。
 
 二人の王子に恵まれた母は、王妃亡き後、周囲から次期王妃ともてはやされ、当然自身もそのつもりでいた。
 しかし、父は母を王妃に押し上げることは決してしなかった。
 亡き王妃を愛していたからなのか、それとも母に王妃の資質がないからか。
 父の考えをエミリアンが知る由もない。
 ただ確かなのは、母が少しずつ狂っていったということ。
 幼少期、エミリアンは身体が弱く、命が危ぶまれるような病気に何度も見舞われた。
 幼い頃の記憶といえば、寝台の中でひとり過ごしたことくらい。
 母親が恋しい年頃だったが、看病はおろか、優しい言葉をかけてもらったこともない。
 泣いて縋れば『ディオンにうつったらどうするの!』と邪魔にされた。
 幼いエミリアンを肯定してくれる存在は、どこにもいなかった。
 だから自然と内向的な性格になり、人前に出ることを望まなくなった。
 そんなエミリアンを母は疎んだ。
 自分が王妃になるにためには、出来の悪い息子など不要だからだ。
 出来の良し悪しは別として、ディオンは威張り散らすことだけは一人前だった。
 それを母は『堂々として、王の器だわ』と喜んでいた。
 
 昔から母の宮にエミリアンの居場所はなかった。
 傷つくくらいなら近づかない方がいい。
 だからエミリアンは人と関わることをやめ、本の世界にのめり込むようになった。

 今でも考えない訳じゃない。
 もし、父と母の間に愛があったら。
 エミリアンの身体が丈夫だったら。
 ディオンが真っ直ぐに育っていたら。
 自分の人生は今とは違っていたのだろうか。

 ──死なずに済んだのだろうか


 目が覚めると、見慣れた天井が目に映る。

 「お目覚めになられましたか」

 寝台の横から、侍女が尋ねる。
 いつもの朝と何も変わらぬ光景だ。

 「あれ……私はどうして……」

 「昨日、フランクール団長が気を失われた殿下をここまでお連れくださいました」

 それでは自分はあのまま団長室で寝てしまったのか。
 
 「……っ!」

 不意に、昨日アベルの異能で手当してもらった頬に痛みが走った。
 エミリアンは侍女に鏡を持って来るよう頼んだ。
 受け取った手鏡に映る自身の頬は、昨日ほどの腫れと痛みはないものの、細かい傷などがそのままになっている。
 エミリアンが指示した通りだ。
 (けれど、もっと派手に腫れていた方が説得力があったかもしれない)
 しかし昨日のアベルの様子から考えると、これが彼の納得することのできる最低限の治療なのだろう。
 (とても心地が良かったな……)
 アベルの手が触れた瞬間、痛みがどこかに消えてしまったようだった。
 彼の命が流れ込んで来るような不思議な時間だった。
 そういえば、エミリアンを叩きつけた第二騎士団の男たちは、あの後どうなったのだろう。
 (そうだ……呑気に寝ている場合じゃなかった)

 「殿下、外で第三騎士団の方がお待ちです」

 「いつから待ってるの?」

 「早朝からでございます」

 「早朝!?それならどうして起こしてくれなかったの」

 「そ、それが……フランクール団長の命令で、殿下が自然に目を覚ますまで待つように言われたそうなのです」

 「フランクール団長が……?」

 




 

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