エミリアンと黒曜の騎士

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第5話

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 男たちはエミリアンの顔をじろじろと不躾に見ると、フッと鼻で息をして口の端を吊り上げた。

 「なにか用か?」

 エミリアンは驚愕した。
 まさか、自分の顔を知らないとでも言うのか。
 いやしかし有り得ない話ではない。
 なにせずっと宮殿の奥にこもっているエミリアンが、騎士たちの前に顔を晒すのは国の公式行事くらい。
 それも王族なので、顔など判別がつかないほど離れた場所だ。
 (それにしたって身なりでわかるだろうに!)
 エミリアンの騎士服は一般兵とは生地もデザインも違う。
 もしや青白く弱々しいエミリアンを参謀かなにかだと勘違いしているのかもしれない。
 本当は男たちがエミリアンの正体に気づき、自ら謝罪し、引いてくれればよかったのだが、こうなったら仕方がない。
 権力を振りかざすのは好きではないが、こういうことは最初が肝心だと本にも書いてあった。
 エミリアンの心臓が激しく脈打ち、背中には嫌な汗が伝った。
 (落ちつけ。私は王子なのだから)

 「まずは態度を改めてください」

 「はぁ?」

 「この徽章を見ても私が誰かわかりませんか」

 エミリアンは胸に光る徽章に手をやった。
 徽章には第三王子を表す紋が刻まれている。
 騎士団に所属している者であれば、よほどの馬鹿でない限りはエミリアンの紋も知っているはず。

 「お、おい!」

 「あ、あぁ……!」

 徽章を見るなり男たちの表情は一変した。
 
 「これはこれはエミリアン殿下。大変失礼いたしました」

 「まさか殿下がいらっしゃるとは思いもしなかったもので」

 権力に媚びへつらう人間がいることは知っていたが、目の前のふたりはまさにそれで、あからさますぎる豹変ぶりにエミリアンは驚きを隠せなかった。
 しかしふたりとも取り繕ってはいるものの、エミリアンに対して礼を取ることもしない。   
 おまけに瞳は嫌らしく細められている。
 おそらくエミリアンごとき、恐れることはないとでも思っているのだろう。 
 エミリアンのこれまでの人生は、周囲から無条件に敬われるのが当たり前だった。
 誰もが自分を知っていて、顔を見れば跪く。
 だから人間関係において不愉快な思いをしたことなどほとんどない。
 しかしそれはエミリアンの世界が狭かったからだ。
 エミリアンの胸に、名状し難い感情が湧き上がった。
 
 「今ここでなにをしていたんです?」

 「あぁ、この男に礼儀作法というものを教えていたんですよ。無作法にも肩がぶつかったというのに謝りもせず逃げようとしていたので」

 男はさっきエミリアンにも向けたあの下卑た笑みを浮かべながら青年を揶揄した。

 「逃げるとはなんだ!そっちがわざとぶつかってきたんだろう!?」

 冷静さを保っていた青年だったが、さすがに“逃げる”という言葉を受け流すことはできなかったようだ。
 騎士にとって逃げることは恥ずべき行為。
 
 「やめろ、エタン」

 エタンと呼ばれた青年はアベルが窘めると悔しそうに唇を噛んだ。

 「こんなに広い通路でどうやったらぶつかる事ができるんだい?どちらかが気づいていたなら、よけてあげればいいだけの話でしょう。それともどちらも気づいていなかったのかな?」

 エミリアンの質問に、男たちは押し黙った。
 どう答えても不利になると思ったのだろう。

 「兄上の騎士に限って、まさかわざとぶつかるなんて事ないですよね?」

 「ええ……」

 「まあ……」

 「それでしたらこれで話は終わりにしましょう」

 男たちは納得していない様子だったが、エミリアンに促され、第二騎士団へと戻って行った。

 「あの……」

 エタンが様子を窺うように近づいてきた。

 「ごめんね……本当はすぐにでも罰してやりたいところなんだけど」

 悔しいが、ここで事を大きくしてディオンと揉めるのは得策ではない。
 決戦は二年後だ。
 それまでにやらなければならないことが山ほどある。

 「エタン……エタン・シャリエ、シャリエ伯爵のご子息ですね。確か上にお兄さんがいる」
 
 「えっ……?あ、失礼いたしました!」

 エタンは、ポカンと呆気に取られた表情をしたあと、慌てて頭を下げた。
 エミリアンが自分を知っているなどと夢にも思わなかったのだろう。
 これまでのエミリアンを思えばそう思うのも無理はない。
 (本当に……毎日反省しきりだな)
 
 「あはは、謝らなくていいです。実は皆さんの名簿を見て覚えたんです。情けないことにまだ顔と名前が一致しませんが」

 これまで読書にあてていた時間を使い、彼らの名簿に一通り目を通した。
 幸い記憶力は良い方で、内容はすぐに暗記したがいかんせん本人の顔がわからない。

 「これから時間をかけて皆さんの顔も覚えて行こうと思います」

 今さらと思われようが、とにかく少しずつ前に進むしかない。

 「ではこれで……」

 「お待ちください殿下」

 去ろうとしたエミリアンをアベルが止める。

 「どうしました?」

 「宮殿までお送りいたします」

 「ですが……」

 エミリアンは少し離れてついてきている自身の護衛を見る。
 彼らがいるので特に送ってもらう必要はないのだが──
 そこで、エミリアンにある考えが浮かんだ。
 (もしかして、なにか話したいことがあるのだろうか)
 だとしたら断るわけにはいかない。
 今はどんな些細なことでも知りたいから。

 「ではお言葉に甘えて……よろしくお願いします」
 
 
 


 

 

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