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第一章

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    アンリ様は『冷えるからこっちへ』と再びベッドの上に私を座らせ上掛けを掛けてくれた。二人向き合うように座り、私は覚悟を決めた。
    それから私はアンリ様に自分の身に起こった出来事をすべて話した。途中何度かアンリ様は顔を歪め、切なそうに目を細めて聞いていた。
無理もない。自分の命を繋ぐために自国が私の祖国を滅ぼし、あまつさえ私の命も無惨に奪ったのだ。これは私よりもアンリ様にとって辛い話だ。
    話終えた後、アンリ様はしばらく黙っていた。信じて貰えなかったのだろうかという不安が頭に浮かんだけど、それは違ったようだ。

    「エルフィリア…あなたをそんな目に遭わせたのはすべて私のせいだ。」

    「違うわ!アンリ様は何も悪くない!」

    「私さえいなければこの国も…父も母も死なずに済んだ。そして未来で君も……。」

    アンリ様は下を向き強く拳を握っている。まるで悔しさとも悲しみともつかない気持ちに揺れているように。

    「アンリ様もうやめて?こんなにきつく握り締めたら血が出てしまうわ…」

    固く握られた拳を両手で包み、優しくほぐすように開いて行くと、手の平には痛々しいほどくっきりと痕がついていた。

    「…どうして?」

    「……え?……」

    「どうしてそんなに優しくしてくれるの?あなたの身に起こった不幸はすべて私のせいなのに。」

    そんな事言われても…あなたが不幸の元凶だなんて考えた事もなかった。それは今も未来でも。私はただ目の前で苦しむあなたを救わなければと、その一心で……。

    「今日だって…放って置けば私は命を落とし、未来はあなたにとって幸せなものに変わったかもしれない。それなのになぜ?」

    あぁ…。アンリ様の目は悲しい。この人は、この優しい人はずっと苦しんでいるんだ。死なせないよう生かさないよう操られるこの生に。

    「アンリ様は消してしまいたいの?その命の火を……。」

    彼は私の問いに見つめ返すだけで何も言わないが、答えは“はい”だろう。もしかしたら自ら消そうとしたことがあるのかもしれない。でも出来なかった。アンリ様をこの身体にした人間の仕業で。

    「私は…アンリ様に死んで欲しくない。未来の私もそうだったからあなたを助けたの。きっとアンリ様のお母様だって同じ。」

    そう…きっと思っていたはず。幸せになって欲しいと。

    「アンリ様は何も悪くないわ。生きる事は悪い事なの?生きるために人の力を借りてはいけないの?そんな事ないわ。アンリ様には私の力が必要で、私にはアンリ様の力が必要だった。私達は形は違えど同じよ。」

    「……あなたには私が必要?」

    「ええ。アンリ様がいなければきっと未来は変えられない。だからお願いアンリ様。私の大切な人達を守るために力を貸して下さい。」

    アンリ様の綺麗な青い瞳から一雫の涙が頬を伝った。

    「…わかりました。あなたが私を必要としてくれるのなら私もあなたの力になりたい。」

    「アンリ様……。」

    「絶対にあなたを死なせたりしない。」

    「私も…絶対にアンリ様を死なせない。」


    空はいつの間にか白んでいて、朝が近い事に気付く。

    「大変…もうこんな時間だわ。……アンリ様、身体は大丈夫?もう休まなきゃ……」

    アンリ様はとても穏やかな顔で微笑んでいる。初めて会った時とまるで違う、憑き物が取れたようなお顔だ。

    「あとねアンリ様…これ、たくさん持ってきたの。」

    手作りの小袋の中には色とりどりの飴。アンリ様はそれを大切そうに受け取ってくれた。

    「エルフィリア…もう帰るのですか?」

    「うん…もう行かなきゃ。内緒で抜け出して来てるからバレたら大変。この前も寝坊してお昼まで寝ちゃって…。鼾をかいてたって侍女に言われちゃったわ。」

    アンリ様は『鼾?』と笑う。

    「また今夜来ます。来てもいいですか…?」

    「あなたが来てくれないと私は苦しくて死んでしまう。だからいつでも…夜でなくても大歓迎です。」

    苦しくてって…そうか、力が足りなくてって意味ね。でもそれなら徹夜なんかさせて申し訳なかったわ。夜まで大丈夫かしら……。

    「アンリ様?夜まで身体は大丈夫そうですか?ごめんなさい私…徹夜なんてさせちゃって…。」

    「…気にしないで。今日はあなたと話せて良かったと思ってるんです。心から。それと身体ですが…一日に何度も私に力を分け与えるのはあなたも辛いでしょう?」

    あぁそうか。アンリ様は知らないんだ、私の力の事。

    「あのねアンリ様。私生まれた時から魔力の量がとても多くて、いくら使っても尽きる事が無いの。たまにそのせいで具合が悪くなっちゃうくらい。アンリ様に力をあげる時は一気に力が抜ける反動で貧血に似た症状になっちゃうんだけど、身体も魔力も全然平気なのよ。」

    「どんなに使っても尽きる事が無い?本当に?」

    「ええ。だからそんなに遠慮しないで大丈夫。具合の悪い時や、心配な時はちゃんと言って下さいね。」

    アンリ様の今の身体では与えても余分に貯めておく事は出来ないけれど、せめて朝までに流れ出てしまった分の力を満たす事はできる。
    アンリ様は遠慮がちに、私から少し視線を外す。

    「では…あなたが迷惑でないのなら…少しだけ……。」

    「はい。じゃあアンリ様?」

    膝立ちでアンリ様に近寄ると、アンリ様のお顔が赤い。

    「アンリ様?お熱かしら、お顔が赤いわ。」

    額に手を伸ばすとアンリ様は驚いたのかビクッとした。触れたら何だかとても熱い。

    「大変!本当にお熱かも!」

    心配になって今度は自分のおでこを当てるとアンリ様は固まってしまったように動かないし何も言わない。

    「アンリ様横になって?起きていたらもっと悪くなっちゃう。」

    「でもそれでは…あの……」

    「大丈夫。私も横になりますから。ね?」

    毛布を捲ってアンリ様に横になるよう促すと、アンリ様はゆっくりと身体を横たえた。そして私に向かって両腕を差し出す。まるで“おいで”と言うみたいに。

    「お、お邪魔します!」

    私も横になるとか言っちゃったけど、殿方のベッドに一緒に横になるって…とんでもない事なんじゃないの!?これ大丈夫?私アンリ様に痴女だと思われてないかしら?
     恐る恐る隣に横になると、アンリ様は伸ばした両腕の中に私を包んだ。毛布とアンリ様の腕にすっぽりと包まれて、暖かくて気持ちいい。
    そして力を渡そうと唇に触れるために少し顔を上へと向けたその時、アンリ様が私の上になった。

    「アンリ様?」

    「あなたがすぐ休めるように…」

    目の前に星が飛んでもいいように気を遣ってくれたらしい。

    「でも…これじゃアンリ様が疲れちゃう。」

    「大丈夫…。」

    そう言ってアンリ様は少しずつ私に顔を近付ける。いつもするのは私からだから、何だかとても緊張してしまう。…するのとされるのだと全然違うのね……。
    そしてアンリ様の唇が重なる。さっき満たしたアンリ様の身体には、必要な分だけ緩やかに力が渡っていく。これなら今度は星が飛ばずに済みそうだ。
    (でも暖かくて気持ちよくて寝ちゃいそう…)
とどめはアンリ様のナデナデだった。アンリ様は私に唇を寄せながら頭を撫でている。
    (寝てしまっても終わったらきっと起こしてくれるわよね…)


    アンリ様の腕の中、私は安心して目を閉じたのだった。まさか起こして貰えないとは思いもせずに。


    
    
    

    








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