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第一章

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    「アンリ様…これ……。」

    私は前回持ち帰ってしまったアンリ様の上掛けを取り出す。

    「持っていてくれて良かったのに。」

    「そんな訳には…あのねアンリ様、ちゃんと洗って干したんだけど、もしも毛が付いてたらごめんなさい。」

    綺麗にたたんだ上掛けを両手の上に乗せて差し出すと、アンリ様はそれを崩さないように丁寧に受け取った。そして不思議そうな顔で聞いてきた。

    「毛?何の?」

    「猫です。しかもかなりおデブちゃんの。」

    「あはは、おデブちゃん?大丈夫だよ。私も動物は大好きだから。わざわざ洗って干してくれたんだね…お日様のとてもいい匂いがする…あなたの国はこんな素敵な匂いに包まれた国なんだね……。」

    アンリ様は私から受け取った上掛けに顔を埋めると、とても柔らかに微笑んだ。まるでお日様に溶かされた氷のように。

    「アンリ様…私の事……」

    「…うん。初めて聞いた時から知ってた。あなたの名前は王族名鑑に載っているから…。エルフィリア・ジョゼット・フォン・グレンドール。グレンドールの姫君。…知っている事、黙っていてごめん…。」

    知っていたのに知らないフリをしていてくれたんだ…。私が調べたりしないでって言ったから。何も言えないと言ったから。

    「私はこの身体になってからベッドの上にいる時間が長くてね。おかげで本の虫になってしまって…名鑑も暗記してしまったんだ。」

    アンリ様の部屋の壁は一面本棚だ。初めて見た時は驚いたけど、このお身体を考えたら納得出来る。私はベッドから下りて棚いっぱいに並べられた本の題名を一つ一つ見て歩く。

    「何だか恥ずかしいな…。」

    後ろをついてきたアンリ様は自分の本棚を見られるのが恥ずかしそう。何だかわかる気がする。本棚って自分の趣味嗜好が無防備にさらけ出されてる場所だから。

    「…あ、これ知ってる……。」

    【マグダリア・ドレーン著    虹色の鳥】
    自信過剰で嫌われ者の鳥が翼に傷を負い、それを癒しに下りた先で七組の人々の喜びや悲しみ、怒りや苦しみと出会い、気付き、その翼に七色の光を宿し再び空に帰って行く物語。
    ……あの鳥籠のような部屋にあった本の中の一冊だ。

    「それ、知ってるの……?」

    アンリ様は怪訝な顔をする。

    「いや、ごめんなさい。その本の作者はこの国の者で、我が国の書籍がグレンドールに流通しているのかと…。」

    …違うのよアンリ様。この本はグレンドールで読んだ本じゃない。囚われの日々の中、唯一許された娯楽が本だった。まさかこの本の作者がローゼンガルドの出身だとは知らなかったがアンリ様の口振りだとこの国は他国との交易も行っていないのだろうか。
    しかし本棚を見て行くと、知っている本が何冊もある。それは全部あの部屋で読んだものばかり。

    まさか……あの部屋の本はアンリ様が……?
    アンリ様が私に差し入れてくれていたのだろうか…?
    差し入れられる本はすべて面白かった。だから現実を忘れてそれに没頭できた。私を支えてくれたのはエリアスとあの本に没頭する時間だけだった。最後は本を読む気力すらなかったけれど……。
    アンリ様はあの時もずっと私を心配してくれていたのか…それなのに私、最後にとてもひどい事を言ってしまった。ああなってしまったのは決してアンリ様のせいじゃないのに……。
    止まったはずの涙がまたポロポロと零れ落ちる。

    「エルフィリア!?」

    アンリ様は慌ててハンカチを差し出す。

    「どうしたの?これを使って……?」

    私の背に遠慮がちに添えられた手は大きく温かい。
    あの日…ファルサに扇で打たれて頬が切れたあの日も、こうやってハンカチを差し出してくれた…。血が付くことも気にせずにその手で頬を包んでくれた。なんて優しい人なんだろう。ゼノの言う通り、もっと早く全てを話していれば良かったのかもしれない。   

    「エルフィリア、どうか泣かないで…あなたが泣くと私はどうしたら良いのかわからなくなる…。」

    「…アンリ様?」

    「何?エルフィリア。」

    しゃくりあげる私にアンリ様がかける声はどこまでも優しく耳に響く。

    「…飴……食べたの……?」

    違う。そうじゃない。言わなきゃいけない事はそんな事じゃないのに。

    「うん…。元気がでるお薬なんでしょう?本当だったよ。舐めたらすぐ元気になった。」

    嘘…あんなに苦しそうにしていたのに。

    「でも何でわかったの?私が飴を食べた事……あ……!」

    アンリ様の頬が朱に染まる。
    可愛い。いつもはとっても大人なのに、恥ずかしがるその姿はエリアスみたい。

    「ふふ…お口の中、とっても甘かったの。
    ……アンリ様…私………。」

    途中まで言いかけるが躊躇してしまう。
    心の中に存在する戸惑いと不安が “これで本当にいいのだろうか”と私を引き止める。でもそんな私にアンリ様は口を開く。
    
    「私は知りたい。あなたの抱える苦しみを。…最初はあなたが言いたくないのならそれで構わないと思ってた。だから何も聞かずあなたの知りたい事を教えてあげようと…。」

    アンリ様は私と向かい合い、真っ直ぐに私を見つめる。

    「でも今は…今はそれだけじゃ嫌だ…。あなたが私を救ってくれるように私もあなたのために出来る事をしたい。」



    『エルフィリア…今日もありがとう。何か困った事はないかい?足りないものは?大丈夫、今なら誰も聞いていないよ。』


    あの時のアンリ様も同じ気持ちでいてくれたのだろうか。その手を取っていれば何かが変わっていただろうか…。

     「…アンリ様あのね…お話したい事があるの。とても信じられないかもしれないけど…本当の話なの。」

    「信じるよ。」

    アンリ様の表情は真剣だ。でも…

    「ふふふ、まだ何も話してないのにもう信じてくれるの?」

    そう。まだ何も話してないのに即答すぎて思わず笑ってしまう。

    「信じる。あなたの言葉なら。」

    アンリ様はそう言った後、私と一緒に笑った。



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