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第一章

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    「やめろファルサ!!やめるんだ!!!」

    ファルサと呼ばれた女性はアンリ王子にゆっくりと振り返り、微笑んだ。

    「魔女は焼かねばなりませぬ。万が一息を吹き返されてはアンリ様の御身が危険………。このファルサがアンリ様をお救い致します。」

    死者を蘇らせる事なんて出来ないわ。
    息を吹き返すなんてあり得ないのにわざわざ焼くなんて………この人、よほど私の事を憎んでいるのね。

    行く手を塞がれながら尚もアンリ様は叫ぶ。

    「頼む!!何でもする!何でもするからエルフィリアを返してくれ!!」

    “何でもする”
    アンリ様のその言葉にファルサの動きが止まる。

    「本当に…何でもして下さいますの?」

    「本当だ!だからエルフィリアには手を出さないでくれ!!彼女はもう死んでいる!死者をこれ以上冒涜するのはやめろ!!」

    ファルサは少し考えた後に言った。

    「では、以前からお願いしておりました通り、私をアンリ様の妃にして下さいませ。それでしたらをお返ししてもよろしいですわ。」

    ちょっと…人を指差してコレ扱いはないんじゃないの………。ていうかアンリ様は何故そんなに私の死体になんてこだわるのかしら……。
    嫌な女っぽいけど、この人から魔力を貰えるならそれでいいじゃない。第一王子なら何人だって妃は娶れるんだし、一人くらい変なのがいたって。

    しかしファルサの言葉にアンリ様の顔は歪む。

    「どうなさいますの?この場で私を正妃にすると誓うか、この娘を焼くか。早く決めて下さいませ。」

    苦し気に強く歪んだ顔は、やがて諦めたかのように形を変えた。

    「………わかった……お前を正妃にする。その代わりエルフィリアにはもう手を出すな………。」

    「まぁ!本当ですの?でしたらコレはお返し致しますわ!うふふ。」

    しかし次の瞬間、ファルサはその手に持っていた松明を棺の中に放り込んだ。

    「やめろーーーーーー!!!!!」

    アンリ様は兵士の手を振り切り棺へと駆ける。

    「きゃあっっっ!!!」

    ファルサを乱暴に押し退け棺から素早く松明を取り出し雪の中へと放った。

    油はまだかけられてなかったみたいね。これで油まみれだったら自分の丸焼きを見る羽目になるところだったわ………。

    「お前………これ以上エルフィリアに手を出すなら許さないぞ………!!!」

    アンリ様の目は憎しみを滾らせて光る。

    「ま、まぁ!ちょっと手が滑っただけではありませんの!アンリ様、婚礼の日取りについてはまた後でご相談しましょう?これから忙しくなりますわ!」

    ファルサはそう言って上機嫌で兵士を連れて城へと戻って行った。




    「あぁ…エルフィリア………!!」

    アンリ様は松明が落ちた私の身体を心配そうに抱き起こす。何でそんな事…死人なんだから火傷しようが関係ないだろうに。けれどアンリ様は冷たい私の身体に丁寧に触れながら、傷が無いか確認しているようだ。

    しかしさすがに松明に触れては無事で済むはずもない。剥き出しだった腕の皮膚がところどころ焼けただれている。

    「ゼノ!!」

    アンリ様は慌てた様子で誰かを呼ぶ。
いつの間に来ていたのかアンリ様の後ろには黒いフードを被った少年がいた。

    「ゼノ!頼む!エルフィリアの腕を………!」

    腕をどうするって言うの?生命を失った身体はいくら魔法をかけたところで再生しない。
    生きていないものは治らないのに。

    ゼノと呼ばれた少年が私の腕の火傷に手をかざす。するとその手は緋色の光を放ち始め、溢れる光は私の火傷を跡形もなく消して行った。

    !?
    どういう事!?その私はもう死んでるのよ!?


    「あぁ…エルフィリア良かった。ゼノ。すまない。」

    ゼノと呼ばれた少年はコクリと頷くだけで喋らない。


    その時、また私の身体と意識は大きな力の渦に引っ張られて行く。

    アンリ様はまだ冷たい私を抱き締めていた。









    「ぶにゃっ!」
    「ぶにゃにゃ!」


    重い………。そしてペロペロと顔を舐められまくっている。

    「………お腹空いたの………?」

    「「ぶにゃっ!!」」


    夢を見た日の朝はとても怠い。寝た筈なのに、夜通し運動でもしていたかのように疲労が溜まっている。

    それにしても…あの魔法は一体何?
    死者の治療なんて見たことも聞いたこともない。でもあの私は確かに死んでいるはず…。

    「一体ローゼンガルドでは何が起きているの………?」

    得体の知れない何か大きな力に、私は不安を感じる事しか出来なかった。





    そしてやってきた豊穣祭。
    朝から王都は大賑わい。そして神殿は供物を捧げる民で溢れ返っている。

    「エルフィリア様ー!!!」

    神殿の外から民達が私を呼ぶ声が聞こえる。   今日私は祭司として豊穣を司る神へと祈りを捧げる。
    いつものドレスと違い、白の祭司服に身を包むとその厳かな様に少し緊張してしまう。

    「エルフィリア様。民がエルフィリア様のお姿を今か今かと待ちわびております。どうぞバルコニーへお越し下さいませ。」

    神官の一人にそう促されバルコニーへ出ると、一層大きな歓声が上がる。

    「エルフィリア様!!我が国の女神!!」

    「どうか末長くこの国をお守り下さい!!」


    あぁ………奇跡のようだ。今こんなにも輝くこの場所は、あの日業火に包まれていた。血と…建物の焼ける臭い。あちこちに死体が折り重なる道を無理矢理歩かされた。私が泣こうが吐こうがお構い無しに………。

    この幸せな日々を守りたい。何としても。
    眼下に広がる光景に涙する私に、民はまた歓喜の声を上げた。



    儀式は滞りなく終わり、日も暮れて来た。

    そろそろね……。

    あの悪ガキが花火をドドーンと上げ、畑を燃やすのだ。念のために消火用の水をあちこちに配置させた。大事にはなるまい。

    その時、大地が震えるような音がしだした。

    来たわね!

    音はだんだんと大きくなり、耳が塞がれるような感覚がする。一瞬全ての音が消えたと思ったら、大きな緋色の玉が空に向かって上がって行った。

    あれ?ちょ、ちょっと随分大きくない!?

    おかしい。前回はあんな物凄い玉じゃなかった。子供が遊ぶボールくらいの大きさだった。   しかし今目の前で打ち上がった玉はそれの何十倍もある。

    「おい!何だあれ!?」

    「見ろ!巨大な火の玉だ!!」

    周りも騒然としている。

    上昇を続けた玉は城の遥か真上で止まり、ジリジリと火花のようなものを散らし始める。

    何!?何が起こるの!?

    そう思った瞬間、大きな爆音と共に砕け散った緋色の玉の欠片たちが流星群のように遥か彼方まで飛んで行ったのだ。







    「………説明してくれんかね、エルフィリア。」

    苛立つお父様がぺしぺしと机を叩くのに握っているのは各国からの質問書。その全てが先日の緋色の玉の爆発についてだった。


    「お、お父様?ほら私(以下略)だから、花火の大きさにもきっと誤差が……。」

    ヤバい。相当ご立腹であらせられる。

    「あの…犯人は捕まったのですか?」

    「…今頃学園長にこってりどころかドロドロに怒られている事だろう。」

    学園長!と言う事はやっぱり犯人はあの時花火を上げた魔法学園の男の子で間違いないわね!

    「お父様?私ちょっとその子の様子を見に学園に行ってきますわね。」

    そろりそろりとお父様の書斎を出た後、私は学園へと走った。あそこは我が懐かしき学舎だ。勝手は知っている。

    前代未聞の飛び級で与える側の術者としての修行を終えた私が卒業したのは二年前。彼は入れ違いに入ってきた能力の中途発現者だ。確か奪う側の使い手だったと聞いたけど……。よしっ!学園長の部屋が見えた!


    「何度言ったらわかるんじゃゼノ!!!」



    ん!?………!?




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