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第二章
#42
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エリックが町外れの廃墟で、衝撃的な光景を目の当たりにするのと同じ頃ーーー
朱楼閣の内部には珍奇な闖入者が紛れ込んでいた。
「ね、ねえ。帰ろうよ」
「えー? 折角だし、見学していこうよ」
言葉ばかりは提案のそれだが、行動は同伴者であるソムの懇願を押し切る形で、キュラは居住空間から朱楼閣へと踏み入っていた。
「わあ・・・・・・」
思わず感嘆の声が漏れる。
その空間の広さと設えは、まさに驚嘆に値するものであった。
豪華絢爛な外観を誇る朱楼閣だが、その内部ーーー受付よりも奥の空間は雅さよりも多機能性を重視した造りであった。
一般的な家屋に換算すれば、三階建ての建物がすっぽりと入ってしまいそうな高さを誇る天井。
キュラたちは知る由もないが、天井と同等格の壁は全て収納となっており、武器から日用品までありとあらゆる品物が納められている。
しかし、閑古鳥の鳴いている現在ではまったく引き出された痕跡はなく、出番のない大きさ違いの梯子が立て掛けられているだけとなっていた。
客足は皆無だというのに、朱楼閣の内部には雇われ人と思しき十人足らずの姿があり、堂々と歩き回るキュラの姿にやや困惑気味であった。
「あの子、誰?」
「さあ? 旦那様のお客さん、かな?」
「多分、そうだろう」
ひそひそと、音量を押さえた会話が交わされる中、キュラは自由奔放に歩き回り、ソムはその後を戸惑いながらも追いかけた。
暇そうにしていた三名の刻印師の作業机をのぞき込み、向けられた訝しみの視線に笑顔で応えて立ち去り、やがて一番奥まった場所へと辿り着く。
そこは明らかに他の箇所とは異なる造りの、鍛冶場であった。
床は木張りではなく石畳。煉瓦で出来た作業台に大きな炉ーーー今は火がくべられておらず沈黙している。
この場を担当する鍛冶工は壁際の椅子に腰掛けた状態で居眠り中だ。
相当やることがなくて暇なのだろう。
鍛冶場は女人禁制の定めが設けられているのだが、止める者がいないため、キュラは勝手に踏み行っていく。
しきりに首と視線を動かして、物珍しそうに周囲を見回していたが、煉瓦の作業台に置かれているものにふと気付いて動きを止めた。
「どうしたの?」
歩み寄り、手にしたそれを背後からソムが覗き込む。
キュラが手にしていたのは打ち金同士を打ち合わすことで火をおこす、火打ち石だった。
「これ、火がつくやつだよね?」
背後のソムを振り返ることなく、確認するように訊くキュラ。
「え? まさか、使ったことないの?」
ソムは驚いた。火打ち石なんて珍しくも何ともない。子供であっても、台所作業を手伝える年齢ならばみんな使ったことがあるはずだというのに。
頷く動作を見せるキュラに、ソムは微笑ましい気持ちになって思わず笑ってしまった。
「貸して」
キュラの手から火打ち石を取ると、言霊の詠唱を口にする。
<言霊を以て命ずる。ちょっとだけ着火>
言うと同時に火打ち石を打ち合わせた途端、生じた火花が一瞬だけ炎を生み出した。
もっと強く打ち合わせ、言葉も工夫すれば、より大きな火を生み出すことは可能だが、あまり目立ったことをすると騒ぎになってしまうので、かなり加減した披露である。
「やってみる?」
ソムは得意げな顔をして勧めてみるが、キュラは首を横に振った。
「壊れちゃうから」
まるで、幼子のような発言である。
聞いた途端、ソムは可笑しさのあまり小さく吹き出した。
「壊れないよ。ほら、やってみて」
少々強引にキュラの手に火打ち石を握らせると、やり方を説明するーーーとはいえ、言霊の詠唱と同時に軽く打ち合わせるだけなのだが。
キュラは少々躊躇うように動きを止めていたが、ソムの視線に促されて、教えられた通りに倣った。
<言霊を以て命ずるーーー>
ソムが先程言った言葉と、まったく同じ言葉を口にしようとしてーーー
破裂音と共に手の中の火打ち石が粉々に砕け散った。
「わっ!?」
驚いたソムが声を上げて肩を大きく竦める。
キュラは驚くことも、動じることもなかった。
想像した通りの結果に、何を思うこともない。
だが、この瞬間ーーー思いも寄らぬ事が起こっていた。
キュラが言霊の暴発に似た現象を引き起こしてしまうのは、ひとえに器となる物質に収まりきらないほどの言霊を注いでしまうからである。
火打ち石という道具は、それが原因で粉々に壊れてしまった。
しかし、壊れる寸前に僅かであるが、打ち合わさることで小さな火花を空気中に散らしていた。
言霊とは、世界の構成を言葉によって書き換えるものーーー
刹那の間だけ生じた火花は、この世界に存在する現象として認められた。
世界という、限界のない器に途方もない言霊を放ったらどうなるのか。
答えは実に単純明快だ。
その言霊のままの威力を、ただ遺憾なく発揮するだけ・・・・・・
火打ち石が砕けた破裂音に驚いて、鍛冶工が椅子から飛び起きた。
何事だと周囲を見回し、見慣れない二人の人物を見つける。
問いを投げるため口を開きかけて、信じ難い現象がすぐ目の前で引き起こされることとなった。
朱楼閣の内部には珍奇な闖入者が紛れ込んでいた。
「ね、ねえ。帰ろうよ」
「えー? 折角だし、見学していこうよ」
言葉ばかりは提案のそれだが、行動は同伴者であるソムの懇願を押し切る形で、キュラは居住空間から朱楼閣へと踏み入っていた。
「わあ・・・・・・」
思わず感嘆の声が漏れる。
その空間の広さと設えは、まさに驚嘆に値するものであった。
豪華絢爛な外観を誇る朱楼閣だが、その内部ーーー受付よりも奥の空間は雅さよりも多機能性を重視した造りであった。
一般的な家屋に換算すれば、三階建ての建物がすっぽりと入ってしまいそうな高さを誇る天井。
キュラたちは知る由もないが、天井と同等格の壁は全て収納となっており、武器から日用品までありとあらゆる品物が納められている。
しかし、閑古鳥の鳴いている現在ではまったく引き出された痕跡はなく、出番のない大きさ違いの梯子が立て掛けられているだけとなっていた。
客足は皆無だというのに、朱楼閣の内部には雇われ人と思しき十人足らずの姿があり、堂々と歩き回るキュラの姿にやや困惑気味であった。
「あの子、誰?」
「さあ? 旦那様のお客さん、かな?」
「多分、そうだろう」
ひそひそと、音量を押さえた会話が交わされる中、キュラは自由奔放に歩き回り、ソムはその後を戸惑いながらも追いかけた。
暇そうにしていた三名の刻印師の作業机をのぞき込み、向けられた訝しみの視線に笑顔で応えて立ち去り、やがて一番奥まった場所へと辿り着く。
そこは明らかに他の箇所とは異なる造りの、鍛冶場であった。
床は木張りではなく石畳。煉瓦で出来た作業台に大きな炉ーーー今は火がくべられておらず沈黙している。
この場を担当する鍛冶工は壁際の椅子に腰掛けた状態で居眠り中だ。
相当やることがなくて暇なのだろう。
鍛冶場は女人禁制の定めが設けられているのだが、止める者がいないため、キュラは勝手に踏み行っていく。
しきりに首と視線を動かして、物珍しそうに周囲を見回していたが、煉瓦の作業台に置かれているものにふと気付いて動きを止めた。
「どうしたの?」
歩み寄り、手にしたそれを背後からソムが覗き込む。
キュラが手にしていたのは打ち金同士を打ち合わすことで火をおこす、火打ち石だった。
「これ、火がつくやつだよね?」
背後のソムを振り返ることなく、確認するように訊くキュラ。
「え? まさか、使ったことないの?」
ソムは驚いた。火打ち石なんて珍しくも何ともない。子供であっても、台所作業を手伝える年齢ならばみんな使ったことがあるはずだというのに。
頷く動作を見せるキュラに、ソムは微笑ましい気持ちになって思わず笑ってしまった。
「貸して」
キュラの手から火打ち石を取ると、言霊の詠唱を口にする。
<言霊を以て命ずる。ちょっとだけ着火>
言うと同時に火打ち石を打ち合わせた途端、生じた火花が一瞬だけ炎を生み出した。
もっと強く打ち合わせ、言葉も工夫すれば、より大きな火を生み出すことは可能だが、あまり目立ったことをすると騒ぎになってしまうので、かなり加減した披露である。
「やってみる?」
ソムは得意げな顔をして勧めてみるが、キュラは首を横に振った。
「壊れちゃうから」
まるで、幼子のような発言である。
聞いた途端、ソムは可笑しさのあまり小さく吹き出した。
「壊れないよ。ほら、やってみて」
少々強引にキュラの手に火打ち石を握らせると、やり方を説明するーーーとはいえ、言霊の詠唱と同時に軽く打ち合わせるだけなのだが。
キュラは少々躊躇うように動きを止めていたが、ソムの視線に促されて、教えられた通りに倣った。
<言霊を以て命ずるーーー>
ソムが先程言った言葉と、まったく同じ言葉を口にしようとしてーーー
破裂音と共に手の中の火打ち石が粉々に砕け散った。
「わっ!?」
驚いたソムが声を上げて肩を大きく竦める。
キュラは驚くことも、動じることもなかった。
想像した通りの結果に、何を思うこともない。
だが、この瞬間ーーー思いも寄らぬ事が起こっていた。
キュラが言霊の暴発に似た現象を引き起こしてしまうのは、ひとえに器となる物質に収まりきらないほどの言霊を注いでしまうからである。
火打ち石という道具は、それが原因で粉々に壊れてしまった。
しかし、壊れる寸前に僅かであるが、打ち合わさることで小さな火花を空気中に散らしていた。
言霊とは、世界の構成を言葉によって書き換えるものーーー
刹那の間だけ生じた火花は、この世界に存在する現象として認められた。
世界という、限界のない器に途方もない言霊を放ったらどうなるのか。
答えは実に単純明快だ。
その言霊のままの威力を、ただ遺憾なく発揮するだけ・・・・・・
火打ち石が砕けた破裂音に驚いて、鍛冶工が椅子から飛び起きた。
何事だと周囲を見回し、見慣れない二人の人物を見つける。
問いを投げるため口を開きかけて、信じ難い現象がすぐ目の前で引き起こされることとなった。
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