神殺しの英雄

淡語モイロウ

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第二章

#34

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 ここのところ、天気は快晴が続いている。
 恵みの雨もたまにはいいのだが、やはり商売をするには陽光が燦々と降り注ぐ、晴れた日が一番だ。
 大通りの両脇で店を開く露天商たちは、誰しもがそう考えていた。
 行き交う人々の興味関心を引こうと、物売りたちは今日も声を大きくして自慢の品々の宣伝に余念がない。
 そんな露天商たちの中で、一際以上に賑わいを見せる店があった。
 並べられている商品は果実や野菜。どれも瑞々しく新鮮な物ばかりを取り扱う青果商だ。
 恰幅のいい店主が威勢良い声と、冗談めかした物言いで客を引き寄せて商品の自慢をしながら勧めている。
 虫食いも痛みもない青果品に満足して、即購入を決める者もいるが、多少の躊躇いを見せる者もいた。
 そこにすかさず現れる看板娘が迷っている客へと微笑みかける。

「すっごく美味しくて、新鮮だよー」

 単純な言葉。それ故に嘘偽りを一切感じさせない真心を相手に伝える。
 更に看板娘の何とも可愛らしい容貌も、思わず購買意欲をそそる効果をもたらせていた。
 結果、訪れた客は何かしらの商品を購入して去っていく。
 店主の「毎度あり~」という満足げな声に見送られて。

「いやいや、お嬢ちゃんに手伝って貰って大助かりだよ!」

 少し客足が減ったところで小休憩としていた青果商の店主。満面の笑みを浮かべて看板娘を務める少女を見つめた。
 長い、紅い髪が何よりも目を引く少女ーーーキュラである。
 事の成り行きは、町を探索中のキュラが偶然この青果店に立ち寄ったことから始まる。
 客入りはそこそこであったが、欲を言えばもう少し売り上げを伸ばしたいところ。何せ取り扱う商品は鮮度が命の生物なまものなのだ。
 今日中に出来るだけ多く、最大級の望みを言えば完売してしまいたいと、思わず本音をこぼした店主にキュラが申し出た。元気のいい挙手と共に。

「なら、僕が手伝ってあげる!」

 驚いたものの、看板娘としては申し分ない容姿に愛嬌の良さは使えると踏んだ店主は即採用を決定。
 結果は上々過ぎるくらいである。
 この調子なら売れ残りはほとんど無いだろう。完売は厳しいだろうが。

「お嬢ちゃん。良かったら、おじちゃんとこの子にならないかい?」

 突然の提案にキュラはきょとんと目を瞬かせた後、考えるような素振りを見せてから首を横に振った。 

「ハハハ。そうか、そりゃあ残念」

 本気だったわけではないが、まるっきり冗談というわけでもなかったのだが。
 この子は町に住んでいるわけではなく、放浪の旅をしているという。
 それも家族とではなく最近出会ったばかりの知人と一緒だというので試しに言ってみたのだが、断られたら引き下がるしかない。

「さて、もうひと頑張りしようかね」

 どっこらせっと、座っていた椅子から大きな体を重そうに立ち上がらせた時である。
 小さな驚きの声が人混みの中から上がった。
 活気溢れる賑わいは、途端に困惑混じりのざわめきへと変わる。
 人々が道の左右両側へと足早に移動し、開けた道を堂々と歩く大人数の姿が露わになる。
 一目でまっとうな類でないことが見て取れる風貌。
 その数、十人は下らない。
 何より先頭を歩く隻眼の男は、この町では有名人だった。・・・悪い意味で。

「嫌な奴等が来たもんだね」

 小声で忌々しげに呟いて、青果商の店主は顔を顰める。

「お嬢ちゃん、前に出たら駄目ーーー」

 注意を促そうとしたが、つい今し方までその場にいた看板娘の姿はなかった。
 歩く道先を人々が勝手に避けて譲ってくれる光景は、ならず者たちに何ともいえない優越感を与えていた。
 そんな中、避けるのがやや遅れた娘が、邪魔だとばかりに突き飛ばされる。
 地面に倒れ伏す娘の連れーーー青年が慌てて傍に駆け寄る。

「おい!」

 あまりの横暴さに頭にきた青年が、思わず荒げた声を上げると・・・
 ならず者たちの行進がぴたりと立ち止まる。
 先頭に立っていた隻眼の男がゆっくりと顔を向けて、目が合った瞬間、青年は声を上げてしまったことを即座に後悔した。
 ゆっくりとした足取りで隻眼の男が歩み寄ってくる。
 すぐにこの場から逃げ出したいという思いとは裏腹に、震え上がった身体はまるで言うことをきいてはくれなかった。
 伸ばされた手が青年の胸ぐらを掴んで立ち上がらせる。

「うるせえな。何か文句あるのかよ?」

 言葉の代わりに、青年は首を横に激しく振りたくって逆らう意はないことを示した。
 だが、隻眼の男はにやりと獰猛な笑みを浮かべて、ゆっくりとした動作で拳を振り上げる。
 最初からどんな謝罪の言葉も、態度も受け入れて見逃す気などなかったのだ。
 殴られる。
 拳が振り下ろされた瞬間、自分に襲いかかる痛みと衝撃と恐怖を想像して青年はきつく目を瞑ったのだがーーー
 見舞われるはずの拳が青年に振り下ろされることはなかった。
 突然割り込んできた鉄拳が、隻眼の男の頬に打ち込まれることによって防がれたのだ。
 その威力を物語るが如く、殴られた相手は凄い勢いで吹き飛んだ後に地面を転がり、そのまま動かなくなった。
 音という音が、その場から消え去って無音の空間を作りだしていた。

「て、ててててめえ! な、何しやがるのよ!?」

 静寂を破ったのは、隻眼の男に連れられて共に歩いていた舎弟と思しき男たちだった。
 怒りよりもその声は、驚愕と困惑に震えている。

「駄目だよー。そんな大人数で道を占拠したら、みんなに迷惑がかかるでしょー?」

 今し方、隻眼の男を殴り飛ばした相手ーーー信じられないことに小さな少女は、まるで幼子に言い聞かせるような口調で舎弟の男たちを窘める。

「歩くなら、道の端を一列に並んで歩いてね」

 ね? と、首を傾げて指導する様は可愛らしいが、それに大人しく従うものなどいるはずもなかった。

「この、クソガキがあああああああ!」

 怒号を上げて少女ーーーキュラに殺到する舎弟の男たちの声は即座に悲鳴と、連続して叩き込まれる打撃音へと移り変わる。
 程なくして、その場には完膚無きまでの殴打で打ちのめされた男たちが転がるという光景が作り出されることとなった。

「ぢ、ぢぐじょう・・・、おぼえでやがれ・・・」

 まったく迫力のない捨て台詞を吐いて、足腰の立つ者は立ち上がれない者に手を貸しながら、よろよろとその場を立ち去っていくならず者たち。
 隻眼の男は一向に気がつく様子はなく、二人がかりで抱えられながら回収されていった。
 ならず者たちの姿が見えなくなっても、大通りに漂う静寂はそのまま・・・かと思いきや、青果商の店主は堂々たる声を上げて静寂を打ち破る。

「やあやあやあ! 流石、うちの看板娘。見事な腕っ節じゃないか!」

 大きな体を揺らして、のしのしとキュラの傍まで歩み寄ってくると、自慢げに語り出す。

「こんな細い腕で悪い奴をこてんぱんに叩きのめすことが出来るなんて、やっぱりうちの栄養満点な野菜や果実を食べているからかなあ!」

 正直、青果商の店主も信じられない思いでいっぱいなのだが、これは絶好の機会だとばかりに、誇らしげな顔で商品の宣伝に全力を投じる。
 すると、驚愕から徐々に解き放たれた人々が青果商の店主とキュラの周りに集まり出す。
 拍手と賛辞の言葉を贈った後、商品を求める者が続出・・・店の前には大変な人だかりが生み出された。
 その結果、青果商の野菜や果物は程なくして一つ残らず完売となった。
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