26 / 43
第二章
#25
しおりを挟む
その後の旅程は、実に順調なものだった。
天候が崩れることもなく、途中に出会った商人の荷馬車に乗せてもらい半日ほどで平野を抜けることが出来た。
村を二つ経由して、その間にゴロツキから略奪した品を質屋に入れて換金した後、必要なものを買い揃える。
そして今、とある町へと辿り着いていた。
向けられる視線には羨望と熱の込められた好意。
感嘆のため息には囁くような賛辞の言葉が混じる。
それらを一身に受けながら、昼下がりの大通りを歩くエリックは実に居心地が悪そうであった。
多くの人々が行き交う大通りの道は天敵と殺気だらけである。
エリックにとっての天敵は女。殺気は自分に向けられる熱に潤んだ目線のことだ。
「ちょっと、見てあの人!」
「やだ、カッコいい・・・!」
そんな台詞を聞こえないふりをしながら、すれ違いそうになる天敵たちを素早く、さり気なくを装って避けていく。
幸い、正面からの突撃や背後からの奇襲を仕掛けてくる猛者がいなかったことは安堵すべきことだろう。
それでも、無数の視線ばかりはどうしようもなかった。
せめて、もう少し平凡な顔つきだったら・・・
自分の頬を手で触れながら、エリックは盛大なため息を漏らす。
やたら注目を集めるばかりの、整いに整った端正な容貌。
生まれつきである呪われた宿命ーーー女難の相はどうしようもないが、これさえどうにか出来れば少しはマシになるのではないだろうか。
「いっそ顔が変わってしまえばいいのに・・・」
ぽつりと呟いた次の瞬間、背筋にぞくりと悪寒を感じて、エリックは素早く振り返った。
「な、何だよ?」
振り返った先ではキュラがエリックに近付こうとしたところで立ち止まっていた。
悪寒の正体は、己の身に降りかかるであろう災難をいち早く察知した、防衛能力による警鐘である。
エリックがキュラを今日まで容認できた理由の一つは、決して間合いに踏み入ってこないからであった。
そんなキュラが今、故意にエリックの安全が約束された間合いの圏内へと踏み込もうとした。
「え? だって顔が変わってしまえばいいのに、って言うから、手伝ってあげようと思って!」
そう言いながらニコニコと無邪気な笑顔を浮かべて、ボキボキと凶悪な音を立てて拳を鳴らす。
ここで「頼む」なんて口にしようものならば、冗談抜きで顔の形が変形するまで殴られるだろう。
女の興味関心を引かなくなるのは大いに結構だが、そのためにわざわざ痛い思いはしたくない。
流石にまだ、そこまで追いつめられているわけではないのだ。
顔を引き攣らせながら不機嫌そうな唸り声を一つ上げて、エリックは再び歩き出す。
その反応を拒否と取ったのか、キュラはそれ以上近寄ってくることなく、一定の距離を保ちながら黙って後ろに続いた。
大通りを抜けた先は宿屋が軒並み続く区域となっており、その内の一軒を適当に選んで、今夜はそこに宿泊することにした。
「いらっしゃい」
店内に入ると、人の良さそうな宿屋の店主が窓口に構えており、愛想のいい笑顔を向けていた。
一拍遅れてキュラが入ってきたところで、エリックが宿屋の店主に告げる。
「一人部屋で」
途端に、宿屋の店主は軽く目を見開き、憐れみの視線をキュラに向けた後、エリックを非難するような目で見た。
その様子から察するに、もの凄く見当違いな想像をしているようだった。
先日、キュラがゴロツキ連中から略奪した品々を換金したことにより、現在、懐は充分に温まっている。
二人部屋を取っても良かったが、やはり節約出来るところは節約に徹するべきだろうと思っただけなのだが・・・
そのことを一々見知らぬ他人、それも一期一会の相手に説明するのも面倒だったので、何も訊かれなかったこともあり、何も言わないでおいた。
無言で差し出された鍵を受け取り、部屋へ向かう。
一人部屋なだけあって、室内には寝台が一つに必要最低限の家具と広さだけがある。
元より寝台はキュラに使わせるつもりだったので、エリックは見向きもせずに布張りの長椅子に荷物を下ろした。
野宿を苦にもしないキュラには必要のない気遣いかもしれないが、そこはエリックの妙なこだわりである。
「僕、遊びに行ってくるね!」
部屋に滞在すること僅かで、止める暇もなくキュラは飛び出していった。
町中へ物見遊山にでもいったのだろう。
人相図付きの手配書が出回っている身の上で、何とも大胆な奴である。
だが、特に心配する必要はないだろう。
キュラに限って、というわけではなく、そもそも手配書など一般人は勿論のこと、自警団員ですら気にしている奴の方が少ないのが現実だ。
もし、世の中に出回っている手配書を一々暗記しているような奴がいたとすれば、そいつはよほど手柄でも立ててやろうと躍起になっている物好きが、他にやることのない、ただの暇人だろう。
それでも、キュラと行動を共にしている間は、どこかに貼られているのを見つけたらそっと剥がしておくくらいの対策はするつもりでいる。
今後取るべき行動指針を一つ決定して、エリックも自身の用事を済ませるため、町へと出掛けることにした。
天候が崩れることもなく、途中に出会った商人の荷馬車に乗せてもらい半日ほどで平野を抜けることが出来た。
村を二つ経由して、その間にゴロツキから略奪した品を質屋に入れて換金した後、必要なものを買い揃える。
そして今、とある町へと辿り着いていた。
向けられる視線には羨望と熱の込められた好意。
感嘆のため息には囁くような賛辞の言葉が混じる。
それらを一身に受けながら、昼下がりの大通りを歩くエリックは実に居心地が悪そうであった。
多くの人々が行き交う大通りの道は天敵と殺気だらけである。
エリックにとっての天敵は女。殺気は自分に向けられる熱に潤んだ目線のことだ。
「ちょっと、見てあの人!」
「やだ、カッコいい・・・!」
そんな台詞を聞こえないふりをしながら、すれ違いそうになる天敵たちを素早く、さり気なくを装って避けていく。
幸い、正面からの突撃や背後からの奇襲を仕掛けてくる猛者がいなかったことは安堵すべきことだろう。
それでも、無数の視線ばかりはどうしようもなかった。
せめて、もう少し平凡な顔つきだったら・・・
自分の頬を手で触れながら、エリックは盛大なため息を漏らす。
やたら注目を集めるばかりの、整いに整った端正な容貌。
生まれつきである呪われた宿命ーーー女難の相はどうしようもないが、これさえどうにか出来れば少しはマシになるのではないだろうか。
「いっそ顔が変わってしまえばいいのに・・・」
ぽつりと呟いた次の瞬間、背筋にぞくりと悪寒を感じて、エリックは素早く振り返った。
「な、何だよ?」
振り返った先ではキュラがエリックに近付こうとしたところで立ち止まっていた。
悪寒の正体は、己の身に降りかかるであろう災難をいち早く察知した、防衛能力による警鐘である。
エリックがキュラを今日まで容認できた理由の一つは、決して間合いに踏み入ってこないからであった。
そんなキュラが今、故意にエリックの安全が約束された間合いの圏内へと踏み込もうとした。
「え? だって顔が変わってしまえばいいのに、って言うから、手伝ってあげようと思って!」
そう言いながらニコニコと無邪気な笑顔を浮かべて、ボキボキと凶悪な音を立てて拳を鳴らす。
ここで「頼む」なんて口にしようものならば、冗談抜きで顔の形が変形するまで殴られるだろう。
女の興味関心を引かなくなるのは大いに結構だが、そのためにわざわざ痛い思いはしたくない。
流石にまだ、そこまで追いつめられているわけではないのだ。
顔を引き攣らせながら不機嫌そうな唸り声を一つ上げて、エリックは再び歩き出す。
その反応を拒否と取ったのか、キュラはそれ以上近寄ってくることなく、一定の距離を保ちながら黙って後ろに続いた。
大通りを抜けた先は宿屋が軒並み続く区域となっており、その内の一軒を適当に選んで、今夜はそこに宿泊することにした。
「いらっしゃい」
店内に入ると、人の良さそうな宿屋の店主が窓口に構えており、愛想のいい笑顔を向けていた。
一拍遅れてキュラが入ってきたところで、エリックが宿屋の店主に告げる。
「一人部屋で」
途端に、宿屋の店主は軽く目を見開き、憐れみの視線をキュラに向けた後、エリックを非難するような目で見た。
その様子から察するに、もの凄く見当違いな想像をしているようだった。
先日、キュラがゴロツキ連中から略奪した品々を換金したことにより、現在、懐は充分に温まっている。
二人部屋を取っても良かったが、やはり節約出来るところは節約に徹するべきだろうと思っただけなのだが・・・
そのことを一々見知らぬ他人、それも一期一会の相手に説明するのも面倒だったので、何も訊かれなかったこともあり、何も言わないでおいた。
無言で差し出された鍵を受け取り、部屋へ向かう。
一人部屋なだけあって、室内には寝台が一つに必要最低限の家具と広さだけがある。
元より寝台はキュラに使わせるつもりだったので、エリックは見向きもせずに布張りの長椅子に荷物を下ろした。
野宿を苦にもしないキュラには必要のない気遣いかもしれないが、そこはエリックの妙なこだわりである。
「僕、遊びに行ってくるね!」
部屋に滞在すること僅かで、止める暇もなくキュラは飛び出していった。
町中へ物見遊山にでもいったのだろう。
人相図付きの手配書が出回っている身の上で、何とも大胆な奴である。
だが、特に心配する必要はないだろう。
キュラに限って、というわけではなく、そもそも手配書など一般人は勿論のこと、自警団員ですら気にしている奴の方が少ないのが現実だ。
もし、世の中に出回っている手配書を一々暗記しているような奴がいたとすれば、そいつはよほど手柄でも立ててやろうと躍起になっている物好きが、他にやることのない、ただの暇人だろう。
それでも、キュラと行動を共にしている間は、どこかに貼られているのを見つけたらそっと剥がしておくくらいの対策はするつもりでいる。
今後取るべき行動指針を一つ決定して、エリックも自身の用事を済ませるため、町へと出掛けることにした。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる