神殺しの英雄

淡語モイロウ

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第二章

#25

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 その後の旅程りょていは、実に順調なものだった。
 天候が崩れることもなく、途中に出会った商人の荷馬車に乗せてもらい半日ほどで平野を抜けることが出来た。
 村を二つ経由して、その間にゴロツキから略奪した品を質屋に入れて換金した後、必要なものを買い揃える。
 そして今、とある町へと辿り着いていた。
 向けられる視線には羨望と熱の込められた好意。
 感嘆のため息には囁くような賛辞の言葉が混じる。
 それらを一身に受けながら、昼下がりの大通りを歩くエリックは実に居心地が悪そうであった。
 多くの人々が行き交う大通りの道は天敵と殺気だらけである。
 エリックにとっての天敵は女。殺気は自分に向けられる熱に潤んだ目線のことだ。

「ちょっと、見てあの人!」

「やだ、カッコいい・・・!」

 そんな台詞を聞こえないふりをしながら、すれ違いそうになる天敵たちを素早く、さり気なくを装って避けていく。
 幸い、正面からの突撃や背後からの奇襲を仕掛けてくる猛者がいなかったことは安堵すべきことだろう。
 それでも、無数の視線ばかりはどうしようもなかった。
 せめて、もう少し平凡な顔つきだったら・・・
 自分の頬を手で触れながら、エリックは盛大なため息を漏らす。
 やたら注目を集めるばかりの、整いに整った端正な容貌。
 生まれつきである呪われた宿命ーーー女難の相はどうしようもないが、これさえどうにか出来れば少しはマシになるのではないだろうか。

「いっそ顔が変わってしまえばいいのに・・・」

 ぽつりと呟いた次の瞬間、背筋にぞくりと悪寒を感じて、エリックは素早く振り返った。

「な、何だよ?」

 振り返った先ではキュラがエリックに近付こうとしたところで立ち止まっていた。
 悪寒の正体は、己の身に降りかかるであろう災難をいち早く察知した、防衛能力による警鐘である。
 エリックがキュラを今日まで容認できた理由の一つは、決して間合いに踏み入ってこないからであった。
 そんなキュラが今、故意にエリックの安全が約束された間合いの圏内へと踏み込もうとした。

「え? だって顔が変わってしまえばいいのに、って言うから、手伝ってあげようと思って!」

 そう言いながらニコニコと無邪気な笑顔を浮かべて、ボキボキと凶悪な音を立てて拳を鳴らす。
 ここで「頼む」なんて口にしようものならば、冗談抜きで顔の形が変形するまで殴られるだろう。
 女の興味関心を引かなくなるのは大いに結構だが、そのためにわざわざ痛い思いはしたくない。
 流石にまだ、そこまで追いつめられているわけではないのだ。
 顔を引き攣らせながら不機嫌そうな唸り声を一つ上げて、エリックは再び歩き出す。
 その反応を拒否と取ったのか、キュラはそれ以上近寄ってくることなく、一定の距離を保ちながら黙って後ろに続いた。
 大通りを抜けた先は宿屋が軒並み続く区域となっており、その内の一軒を適当に選んで、今夜はそこに宿泊することにした。

「いらっしゃい」

 店内に入ると、人の良さそうな宿屋の店主が窓口に構えており、愛想のいい笑顔を向けていた。
 一拍遅れてキュラが入ってきたところで、エリックが宿屋の店主に告げる。

「一人部屋で」

 途端に、宿屋の店主は軽く目を見開き、憐れみの視線をキュラに向けた後、エリックを非難するような目で見た。
 その様子から察するに、もの凄く見当違いな想像をしているようだった。
 先日、キュラがゴロツキ連中から略奪した品々を換金したことにより、現在、懐は充分に温まっている。
 二人部屋を取っても良かったが、やはり節約出来るところは節約に徹するべきだろうと思っただけなのだが・・・
 そのことを一々見知らぬ他人、それも一期一会の相手に説明するのも面倒だったので、何も訊かれなかったこともあり、何も言わないでおいた。
 無言で差し出された鍵を受け取り、部屋へ向かう。
 一人部屋なだけあって、室内には寝台が一つに必要最低限の家具と広さだけがある。
 元より寝台はキュラに使わせるつもりだったので、エリックは見向きもせずに布張りの長椅子に荷物を下ろした。
 野宿を苦にもしないキュラには必要のない気遣いかもしれないが、そこはエリックの妙なこだわりである。

「僕、遊びに行ってくるね!」

 部屋に滞在すること僅かで、止める暇もなくキュラは飛び出していった。
 町中へ物見遊山にでもいったのだろう。
 人相図付きの手配書が出回っている身の上で、何とも大胆な奴である。
 だが、特に心配する必要はないだろう。
 キュラに限って、というわけではなく、そもそも手配書など一般人は勿論のこと、自警団員ですら気にしている奴の方が少ないのが現実だ。
 もし、世の中に出回っている手配書を一々暗記しているような奴がいたとすれば、そいつはよほど手柄でも立ててやろうと躍起になっている物好きが、他にやることのない、ただの暇人だろう。
 それでも、キュラと行動を共にしている間は、どこかに貼られているのを見つけたらそっと剥がしておくくらいの対策はするつもりでいる。
 今後取るべき行動指針を一つ決定して、エリックも自身の用事を済ませるため、町へと出掛けることにした。
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