神殺しの英雄

淡語モイロウ

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第二章

#23

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「行くところがないなら、折角だし、一緒に行こうよ!」

 行く宛もなく、途方に暮れるばかりのエリックにかけられたその言葉は、慈悲を示すものーーー
 だが、エリックが胸に抱いたのは感謝などではなく、苛立ちと反発心だった。
 そもそも、こんな事態を招いた元凶に言われたところで、温情など感じるわけもない。
 そのことを罵倒の言葉にして相手にぶつけるも、蛙の面に何とやら・・・少しも反省した様子はなく、にこににと笑うばかりの少女。その名をキュラという。
 英雄キュラーーー
 この世界で知らぬ者などいないであろう、有名な御伽噺を記した絵本ーーー「かみさまを倒した英雄」に描かれる偉大なる登場人物の名前。
 キュラという名前を持つ人間は珍しくはない。
 男女関わらず付けやすい上に、かの英雄にあやかり、強くたくましく育って欲しいという願いのもと、親が子に名付ける。
 この少女もまた然りーーーというわけではなく、何を隠そうこの人物こそ、その「かみさまを倒した英雄」に登場するキュラその人だった。
 にわかには信じられないことだが、それが紛れもない事実であることを、エリックは目の当たりにしているため、嫌でも受け入れるしかない。
 さて、そんな幼き頃に憧れていた英雄だが、想像だにしていなかった真実の姿もさることながら、その本性はとんでもない奴だった。
 とにかく、ありとあらゆる面で常識という枠内に収まっていない。
 やること成すこと、予想の斜め上どころか、誰も想像し得ない遙か遠く彼方まで行ってしまっているぶっ飛び具合である。
 そんな奴が為出しでかす行動は災厄級の騒動でしかなく、それに巻き込まれた結果、エリックは今に至るわけで。
 正直、もう関わりたくない。放っておいて欲しい。
 だが、悲しいかな。丸腰な上に文無しの身分で一人になるには、この平野は危険すぎた。
 つい先程も、この界隈を縄張りにしている賊気取りのゴロツキたちに目を付けられて、危機的状況に陥ったところをキュラが一瞬で五人をぶっ飛ばし、残った二人を撃退せしめた。
 もし、エリック一人だったら身包み剥がれた上に嬲りものにされていただろう。下手をすれば殺されていたかもしれない。
 相も変わらずの化け物っぷりの強さに、驚きとも呆れともつかない感情を抱きつつ、とりあえず張りつめていた体から力を抜き、安堵のため息をもらす。
 次の瞬間、突然駆けだしたキュラの行動は、エリックにとって全くの予想外だった。
 既に危機は去ったというのに、何故わざわざ逃げた残党を追うのかーーー質す暇は当然なく、言霊で強化された速度を、ただ普通に駆けることで追いかけていった。
 しばらくして戻ってきたキュラの両手には二人分の衣服・・・どうやら、追いかけていった先でぶっ飛ばした相手から剥いできたらしい。
 野盗山賊の類をぶっ飛ばした後、金品は勿論、荷物から着ている衣服まで全てを持ち去るこの行為・・・
 名付けて「賊狩り」、だそうだ。

「悪い奴も懲らしめられるし、お金とか必要なものも手には入って一石二鳥っ!」

 と、いうのが本人の言である。
 言っていることは尤もらしいが、実際にはやっていることは賊らの所行と何ら変わりない。相手が善良な人間かそうでないかという違いだけだ。
 先に倒した五人の身包みをキュラは手際よく剥いでいく。
 程なくしてこの場には、平野のど真ん中に裸の男たちが転がるという光景が出来上がるだろう。
 何の事情も知らない者がここを通りかかったらびっくり仰天間違いなしだ。
 目の前で行われている蛮行を止めるべきかどうか少々迷ったが、相手が善良な一般人ではなく悪党だということで、エリックは全てを放任することにした。
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