Sadness of the attendant

砂詠 飛来

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 わたくしがその女子おなごを初めて見たのは、あの森のなかでした。その女子はとある国のいちばん下の姫で、毎日を暇そうに、森のなかにある菩提樹のもとに湧いている泉の傍で過ごしているのでした。

 その姫が住む国から、山ひとつ手前の国でわたくしがお仕えする王子は暮らしておられます。ある日、王子は遠くの山へ狩りに出かけた際、そこに住む悪い魔女に目をつけられ、悪い魔法をかけられ、醜いカエルの姿に変えられてしまったのです。わたくしにとってそれはこの世のなによりも悲しく、とても耐えられることではありませんでした。

    魔女は、いやらしくぬめり光を放つカエルに変わった王子の姿を見届けるやいなや、汚らしい高笑いをしながらどこかの山へ飛んでいってしまいました。わたくしは、魔女を追うこともできず、わびしくゲコゲコと喉を鳴らして蠢くカエルを前に、膝をついて嗚咽を漏らすしかありませんでした。

    なぜ我が王子がこんな目に遭ってしまうのか。魔女はどうして我が王子を選んだのか。答えも、王子の姿をもとに戻す方法も判らないまま、わたくしは美しき白い肌や金色の髪をした主のかつての姿を脳裏に浮かべながら、ずっしりと重く湿っている王子を大切に胸に抱えて城に戻るしかなかったのです。

 ひとまわりも歳の離れた王子とは、親子、あるいは兄弟以上の関係でありましたので、愛おしい我が君が醜い姿になろうとも、ひとときもお傍から離れたくはありませんでした。

 それから王子は、なにをするにも醜いカエルの仕草そのものになってしまいました。唯一救われたのは、以前と変わらず人の言葉を話せることでした。気味の悪い凹凸のある顔から、甘い小鳥のさえずりのような透きとおった王子の声が聴こえるのはとても不思議でした。

 なによりもその声があるからこそ、わたくしの膝のうえで蠢くこの汚らしいカエルが、わたくしが尊敬し愛してやまない我が王子なのだと判るのでした。それでいても、王子はどうにも城には居たくないようで、毎日のようにわたくしに「森へ連れていっておくれ」と言うのでした。

    王子のいまの足では、森に着くころには干からびてしまうかどこかの馬車に轢かれてしまうのが目に見えていたので、わたくしが絹の袋に入れて森へ運ぶしかなかったのです。そうして、森のなかでひときわ大きく美しい菩提樹のもとに湧いている涼しげな泉で日がな一日を過ごすのでした。

 わたくしは、王子が醜く姿を変えられてしまった悲しみと、己にはなにもできない不甲斐なさで、胸が張り裂けそうになりました。醜悪な姿になっても王子は王子ですから、わたくしは胸が痛むと、ふいに王子のじっとりとした身体を抱え、胸にかきいだいて張り裂けそうな胸を押さえつけるのでした。

 あまりにも頻繁にそれをやるものですから、王子はすこしばかり厭がるようになってしまいました。そこでわたくしは考え、鉄の帯をこしらえてそれを胸にはめることにしました。これならば、帯に締められて簡単なことでは胸は破裂しないでしょう。

 王子を森へ連れ、ときたま帯を締め直し、そのように過ごしていて、あの女子と王子は出逢ってしまったのです。その美しさから、すぐにあの国のいちばん下の姫だということは判りました。嫁いでいない姫君はいちばん下の彼女しかいないということを、風の噂で聞いていたのです。

 姫はどうにも我が儘で高慢ちきな娘でしたが、いかんせん美しい容姿ですので、しばらくのあいだ黙ってその姿を眺めてはいられるのでした。王子もすぐに姫の虜になってしまいました。「どうにかお近づきになりたい」と王子は嘆くのですが、いまのカエルの姿のままではどうにもなりません。このときばかりは、一丁前に口をきける王子が憎らしくなりました。王子の口から女子のことを聴きたくなかったのです。

 暇を持て余しているようすの姫は、ほぼ毎日、天気の良い日は菩提樹の泉の傍へ来て、どなたかから戴いたであろう金の鞠を宙に投げてはちいさな胸で受け止める、という他愛のない遊びをしておりました。まだ年端のゆかぬ姫にはそれくらいしか、一日を過ごす方法を知らなかったのでしょう。
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