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色彩の彼
二、
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「うち、煙草はいいですけど、酒はダメです!」
俺のまわりには酒癖の悪い人が多くて困る。先生はもちろんだが、こいつだって大学の合格祝いに先生と潤一さんと四人、この部屋で祝杯をあげたとき、とんでもない酔いかたをして大惨事を起こしやがった。
食べたものをあたりに吐き散らかし、水を飲ませて落ち着かせようとしたが、その飲んだ水すら吐き出してしまい、かなりの時間トイレに籠って潤一さんにも、なによりも先生に大迷惑をかけたのだ。そのときの記憶がいまだにこびりついている。また同じことを起こしたくない。
潤一さんは悪酔いするイメージは無かったが、アルコールが入ると説教を始めるという、わりかし面倒な人だった。ひたすら先生と俺に謝罪する傍ら、便器に顔を突っ込んで嘔吐いている橋本結城の背中をさすり、頭ごなしに日々の愚痴とともに説教を続けていた。
そんなふたりを、酔っぱらった先生はけらけらと楽しそうに笑って見ていた。オレンジジュースを飲んでいた俺だけが、ずっと胃がキリキリと痛む思いで見ていた。
「なに言ってんだ、俺はもう成人するんだ。酒くらいいいだろ」
「まだ未成年ですよね」
「ごちゃごちゃうるせぇな。レンジ借りるぞ」
煙草もそうだが、年齢確認が必要なこのご時世、どうやって購入しているのか。よっぽど歳相応に見えないのか、この男は。
「お前、食うか」
「いえ、要りません」
「じゃ、あとで食ってくれ」
弁当をひとつ電子レンジに入れ、もうひとつを冷蔵庫にしまう。その手つきが妙に慣れていて腹が立つ。ここはあなたの家じゃない。
「酒は別にいいですけど、この部屋で飲むのはやめてくださいって、それだけなんです。だからどうか――」
「じゃあ、俺になにかしてくれたらそのお願い、聞いてやってもいいけど」
「は?」
電子レンジがまわる低い音に、カチリ、と酒のビンの蓋が開いた音が重なった。
「なぁ。最近、先生とはどうなの」
橋本結城は、煙草に火を点けたのに、ほとんど吸わずに灰皿のなかでただ短くしている。
俺は、リビングのソファでそんな奴の隣にぴったりと寄り添って座って――いや、座らされ、肩に手をまわされて抱き寄せられている。
さきほどのピンクのかき氷よろしく、橋本結城の頬は見事に色づいている。こんな奴、ほんとうに厭なら追い出すことはいくらでもできるはずなのに、どうして俺はお人好しなのか。
「先生は、引っ越ししたんです」
「それは俺も知ってる」
アルコール度数四十は軽く超える酒を、すっかり飲みほしてしまっている。一気飲みに近かったが、よくぶっ倒れないものだ。そんなことに感心している暇などなく、いつ、あたりにぶちまけられるかが心配だ。
「溜まったりしないの」
「なにがですか」
「いや、若いんだから溜まんないわけねぇな」
あはは、とひとりで笑い、おもむろに俺のズボンに手を伸ばしてきた。咄嗟に立ちあがろうとしたが、俺の肩を抱く奴の力が強くて動けない。
「やめてください、俺、そういうの無理ですから‥‥!」
「なにそれそういうのって。潤一にフラれたからって、親子くらい歳の離れた男にいくかよ、普通」
呂律がまわっておらず、どうもふやふやしているが、俺に言い放つ言葉は鋭く刺さってくる。
俺のベルトを外し、ジッパーをおろしたところで、橋本結城はぐったりと俺の胸に顔をうずめた。とくになにかするわけでもなく、静かに呼吸している。――まさか。
「吐くならトイレ行ってください! 何時間でも籠ってていいから、ここで吐くのはやめて」
「‥‥いいだろ、吐くくらい」
「いやホント勘弁してくだ‥‥」
橋本結城は泣いていた。奴の息と、伝う涙が俺の服を濡らす。
「愚痴くらいさぁ、吐かせてくれよ‥‥」
「‥‥‥」
耳の先まで赤く色づいている。酒のせいなのと、きっともっとほかの感情もあるんだと思う。
「潤一と同じ大学に通えて、一緒に住めるってなって、俺、人生でいちばん幸せだなって思ってたんだよ。
この先もずっと変わらないでいけるのかな、いけたらいいなってさ。でもさ、そう思ってたのは俺だけで、潤一は違ったんだよ。ちゃんと勉強するために大学を選んで、自分のためなんだよな、ぜんぶが。
俺は潤一のことしか考えてないから、どうしても同じ学校に行きたかったし、実家も出てみたかったから一緒に住むことを提案したんだけどさ。違ったんだよ、潤一は。
バイトもサークルも、俺の知らないところで俺の知らない奴らと俺の知らない表情をしてるんだよ。知らない奴がさ、宮下とお前同じ学校だったんだな、宮下ってこんな奴なんだなって言ってくるんだけどよ、そんな潤一を俺は知らないんだよ。
俺は、潤一のぜんぶを知ってるつもりだったのにさ。だから、俺はこう思ってるって潤一に話すんだけど、そのたびに喧嘩になってさ‥‥俺が馬鹿を言ってるって判ってるから、だからあの部屋には居られなくなってさ‥‥」
「‥‥ここは、あなたの逃げてくる場所じゃありません」
俺のまわりには酒癖の悪い人が多くて困る。先生はもちろんだが、こいつだって大学の合格祝いに先生と潤一さんと四人、この部屋で祝杯をあげたとき、とんでもない酔いかたをして大惨事を起こしやがった。
食べたものをあたりに吐き散らかし、水を飲ませて落ち着かせようとしたが、その飲んだ水すら吐き出してしまい、かなりの時間トイレに籠って潤一さんにも、なによりも先生に大迷惑をかけたのだ。そのときの記憶がいまだにこびりついている。また同じことを起こしたくない。
潤一さんは悪酔いするイメージは無かったが、アルコールが入ると説教を始めるという、わりかし面倒な人だった。ひたすら先生と俺に謝罪する傍ら、便器に顔を突っ込んで嘔吐いている橋本結城の背中をさすり、頭ごなしに日々の愚痴とともに説教を続けていた。
そんなふたりを、酔っぱらった先生はけらけらと楽しそうに笑って見ていた。オレンジジュースを飲んでいた俺だけが、ずっと胃がキリキリと痛む思いで見ていた。
「なに言ってんだ、俺はもう成人するんだ。酒くらいいいだろ」
「まだ未成年ですよね」
「ごちゃごちゃうるせぇな。レンジ借りるぞ」
煙草もそうだが、年齢確認が必要なこのご時世、どうやって購入しているのか。よっぽど歳相応に見えないのか、この男は。
「お前、食うか」
「いえ、要りません」
「じゃ、あとで食ってくれ」
弁当をひとつ電子レンジに入れ、もうひとつを冷蔵庫にしまう。その手つきが妙に慣れていて腹が立つ。ここはあなたの家じゃない。
「酒は別にいいですけど、この部屋で飲むのはやめてくださいって、それだけなんです。だからどうか――」
「じゃあ、俺になにかしてくれたらそのお願い、聞いてやってもいいけど」
「は?」
電子レンジがまわる低い音に、カチリ、と酒のビンの蓋が開いた音が重なった。
「なぁ。最近、先生とはどうなの」
橋本結城は、煙草に火を点けたのに、ほとんど吸わずに灰皿のなかでただ短くしている。
俺は、リビングのソファでそんな奴の隣にぴったりと寄り添って座って――いや、座らされ、肩に手をまわされて抱き寄せられている。
さきほどのピンクのかき氷よろしく、橋本結城の頬は見事に色づいている。こんな奴、ほんとうに厭なら追い出すことはいくらでもできるはずなのに、どうして俺はお人好しなのか。
「先生は、引っ越ししたんです」
「それは俺も知ってる」
アルコール度数四十は軽く超える酒を、すっかり飲みほしてしまっている。一気飲みに近かったが、よくぶっ倒れないものだ。そんなことに感心している暇などなく、いつ、あたりにぶちまけられるかが心配だ。
「溜まったりしないの」
「なにがですか」
「いや、若いんだから溜まんないわけねぇな」
あはは、とひとりで笑い、おもむろに俺のズボンに手を伸ばしてきた。咄嗟に立ちあがろうとしたが、俺の肩を抱く奴の力が強くて動けない。
「やめてください、俺、そういうの無理ですから‥‥!」
「なにそれそういうのって。潤一にフラれたからって、親子くらい歳の離れた男にいくかよ、普通」
呂律がまわっておらず、どうもふやふやしているが、俺に言い放つ言葉は鋭く刺さってくる。
俺のベルトを外し、ジッパーをおろしたところで、橋本結城はぐったりと俺の胸に顔をうずめた。とくになにかするわけでもなく、静かに呼吸している。――まさか。
「吐くならトイレ行ってください! 何時間でも籠ってていいから、ここで吐くのはやめて」
「‥‥いいだろ、吐くくらい」
「いやホント勘弁してくだ‥‥」
橋本結城は泣いていた。奴の息と、伝う涙が俺の服を濡らす。
「愚痴くらいさぁ、吐かせてくれよ‥‥」
「‥‥‥」
耳の先まで赤く色づいている。酒のせいなのと、きっともっとほかの感情もあるんだと思う。
「潤一と同じ大学に通えて、一緒に住めるってなって、俺、人生でいちばん幸せだなって思ってたんだよ。
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俺は潤一のことしか考えてないから、どうしても同じ学校に行きたかったし、実家も出てみたかったから一緒に住むことを提案したんだけどさ。違ったんだよ、潤一は。
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俺は、潤一のぜんぶを知ってるつもりだったのにさ。だから、俺はこう思ってるって潤一に話すんだけど、そのたびに喧嘩になってさ‥‥俺が馬鹿を言ってるって判ってるから、だからあの部屋には居られなくなってさ‥‥」
「‥‥ここは、あなたの逃げてくる場所じゃありません」
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