徒花の彼

砂詠 飛来

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裏庭の彼

十二、

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「そういえば、まだ聞いてないぞ」

「なにが?」

 ふたりして幾度か果てたあと、結城がぐったりとしてベンチから転げ落ちてしまったため、さすがに僕たちはつながるのをやめた。額の汗を拭いながら、衣類を正す。

「俺はお前の好きなところを言ったけど、お前は俺のどこが好きか聞いてない」

「あー‥‥そうだったっけ」

「そうなの」

 ふたりで並んでベンチに腰かける。ここへ来たばかりのときは夕陽でオレンジ色に染まっていたのに、いまではすっかり傾いて夕闇と色を溶かしあっている。じきに暮れるだろう。

 結城は煙草の箱を握りしめていたが、僕が睨むので吸うことはしなかった。裏庭にひとつだけ設置された街灯が桜の樹と僕たちを照らしている。

「僕もね、髪に惚れたんだ。真っ黒で艶があって、深い色をした結城の黒髪に」

「俺の?」

「そうだよ。男の子でこんなにきれいな髪の人がいるのかー、って感激したんだ。僕は生まれつきこんな色の髪だからさ、羨ましくて羨ましくて」

 乱れた自身の茶色い髪を指に巻きつけてみる。

「俺たちって変だな。互いに髪に惹かれ合ってたとか」

「それがさ、突然、錆びたみたいな色に染めてきちゃうからさ! さすがの僕も怒ったの」

「あ。あれはそういう意味だったのか。茶色がダメなら金髪か? とか思ってたけど」

「色なんか関係ないの。染めたことに怒ったんだから」

「あー‥‥そうだったのか‥‥。あのあと俺も、せっかく染めたし、新たに染め直すのも傷むかなと思って、自分の元の色が生えてくるまでそのままにしてたんだよ。

 そのみっともない髪をお前に見られたくなくて、教室にも委員会にも顔を出すのやめたんだ。だけど、学校を辞めちまうのはちがうと思ったから、出席日数もテストもがんばってたんだ」

「馬鹿だね、結城は」

「‥‥反論したいところだけど、あのときの俺は確かに馬鹿だったよ。おかげで、高校二年をまるまるダメにした。そのころにはもう潤一のことが好きだって自覚してたのに、合わせる顔が無くて逃げてた」

「須堂先生とは会ってるのにね」

「それ、おかしいんだよあの人。俺とほとんど毎日会ってるくせに、ちゃんと登校してくるように宮下に説得させるからってさ」

「うん。僕、頼まれたよ」

「まぁ、あの人なりの計らいというか」

「どういうこと?」

 僕が訊くと、結城はすこし恥ずかしそうに笑いながら、僕の肩を抱いてきた。

「もう冷えるから、帰るか」

「――うん」

 ふたりで立ちあがる。そこで僕は、ふと思い出して歩みを止めた。

「原瀬くん、大丈夫かな」

「あ? あいつの心配なんか要らないだろ」

 結城はあからさまに不機嫌そうな声を出した。

「だって、口を切ってた」

「あ、ああ‥‥」

 不機嫌そうな声は、一気に沈んだものへと変わった。結城なりに悪いと思っているのだろう。

「ね、約束して」

「ん?」

「もう髪を染めないことと、ちゃんと授業を受けて委員会に出ることと、誰にも乱暴しないこと」

「‥‥ああ。潤一が、言うなら」

 素直に頷いてくれたけど、結城は眉をしかめたまま街灯の光できらきら反射する池の水面を見つめている。

「約束やぶったら、もうキスしてあげないからね」

「な、んだそれ! じゃあ俺だって約束事項を設けるからな!」

「なに?」

「‥‥俺以外の奴に身体を触れさせないこと。約束してくれ」

 顔を真っ赤にして俯きながら言う結城が可愛くて可笑しくて、僕は噴き出してしまった。

「約束なんかしなくても、そんなことさせないよ。でも、原瀬くんが居なかったら僕たちはこうして恋人になることもなかったね」

「あー、いや、まぁ、そうというか‥‥あんまり認めたくねぇけど‥‥うーん。でも次にまたなにかあいつが仕掛けてきたら俺は容赦なく立ち向かうからな」

「あはは、頼もしいや。でも、さっき僕にしがみついて啼いてた人の言葉にはとても思えないね」

 いじわるく結城を覗き込んで言った。

「可愛くねぇ奴!」

 結城は僕の額を小突いて、校舎のほうへと駆け出した。おいてゆかれるかと思ったが、結城の手はしっかりと僕の手を握ってくれていた。その温もりがとても愛おしくて、僕は優しく握り返した。


 裏庭の彼

  了
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