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其のさん・青鬼の眼、耳切りの坂
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十、
末吉は、おつたと夫婦になり、子をひとりもうけていた。
おしづ、という女の子である。
おしづは、祖母のお保によく懐いたが、お保はおしづを可愛がらなかった。
五歳ながら、おしづはお保から疎まれていることを察した。
しかし、おしづは変わらずにお保に懐いた。
それも、お保には気に喰わない。
いじめるまではしないが、お保は決しておしづを可愛がろうとしなかった。
孫を可愛がらないということは、その母親であるおつたのことも快く思っていない。
「お義母さん、ちょっとよろしいですか?」
夏の暑い日──
おつたは声を鋭くして、お保に詰め寄った。
末吉の屋敷である。
座敷で茶をすすっていたお保は、嫁を睨みあげた。
「なんだい、騒がしいね。茶が不味くなる」
おつたはお安の正面に座り、
「お義母さん、おしづが泣いているんですよ」
「どうしてさね。わたしに関係があるのかい?」
「あります! おしづは、あなたのために花を摘んで来たそうですよ! それをあなたは、ただの草だと言って捨てたそうですね!」
「だって草じゃないか。それに、捨てたわけじゃない。地に返してやっただけだよ。ほれ、そこにあるわい」
お保は、顎で庭を指す。
おつたはお保を一瞥し、花を拾いに立ちあがった。
「わたしは女の子なんか要らないんだよ。男の子を産めと言ったろう」
お保が言った。
「!」
おつたの動きが止まる。
「わたしは男の子が欲しいんだ。女の子なんか要らないよ」
「男でも女でも、あなたの孫には変わりないでしょう! どうしてそういうことを言うのです!」
「思ったことを言ったまでだ、わたしは」
「なんですって‥‥」
「あんたは、あのおしづをお産した時に病気を患って、もう子どもができないじゃないか。もう、男の子が産めない」
「それがなんだって言うんです? おしづはあなたの孫です、どうして受け入れてくれないのですか」
「何度も言わせるんじゃないよ。男の子を産めと言ったはずだ、わたしは。それなのにお前は女の子を産みおった」
茶をすすり、お保は続ける。
「女の子なんて要らない。だから、あの子どもはわたしの孫なんかじゃないよ」
おつたはなにか言い返そうとしたが、口を硬く結び、庭へ出た。
必ず男の子を産めということは、夫婦になってすぐにお保から言われた。
余所者というだけで、おつたはお保からあまり良く思われていなかったが、おしづを産み、さらにおつたがもう妊娠できないとなってから、お保の厭味は増した。
この村のそれぞれの家には、きまりがあり、それを代々守ってきた。
余所者のおつたには判らない結束力や習わしがある。
とくに、このお保の家では、村の誰よりも田や畑などを多く持っていた。
お保には頭があがらない。
住職の光衣だけが、対等に接することができた。
末吉とおつたが夫婦になることに、お保は反対したが、末吉がおつたに惚れ込んでしまい、お保の言うことを聞かなかった。
家も土地もすべて捨てて駆け落ちしてやるとまで言われ、お保は渋々ふたりを認めた。
そして、おつたが男の子を産めば関係はすこしは良くなっただろうが、産まれてきたのは女の子。
産まれてきた子に罪は無いが、お保とおつたの関係はさらに悪くなってしまった。
おしづが五歳となったいまでもこの家に居られるのは、末吉がお保を説得し、光衣が、
「一度迎え入れた者を、追い出すことはない」
と言うからである。
しかし、おつたはもう限界であった。
堪忍袋の緒が切れた。
明日は奉納祭であり、鬼の舞が舞われる。
舞の練習で末吉は居ない。
おつたは、おしづを連れて寺へ行った。
舞の練習を見に来たのである。
いまは、すこしでも気を紛らわしたかった。
おしづは、舞いに興味津々である。
青鬼の面をつけているのが、末吉であった。
その面を見てはしゃぐ我が子を見、おつたは、あることを思いついた。
鬼の面だ──
あの面をつけて、お保を驚かせてやろう。
どこかへ呼び出し、そこで突然、大きな声をかけてやろう。
末吉に言えば、すこしくらい面を貸してくれるかもしれない。
おつたはそう思い立ち、舞の練習が終わるのをいまかいまかと待った。
十一、
「だめた。面に触れていいのは実際に舞う男たちだけだ。関係のない女が触れていいものじゃない」
末吉はおつたに言った。
「どうしても? おしづが近くで見てみたいと言ってるんだけど‥‥」
おつたは甘い声を出す。
「おしづが? いや、それでもだめだ」
眉間を皺を寄せ、末吉は困ったように妻を見る。
おつたも、困ったように夫を見る。
「──しかたない。すこしだけだ。ほんのすこしだけ。変なことはするなよ」
ひとつ息を吐き、末吉は言った。
「本当? 嬉しい!」
両親のやりとりを黙って聴いていたおしづが声をあげた。
末吉は我が子の頭を撫で、面を取りに行った。
遠くなる末吉の背を見ながら、おつたはおしづにそっと囁く。
「いいわね、おしづ。言われた通りにするのよ」
「うん」
おしづが頷くと同時に、末吉が面を持って戻って来た。
白い布で包み、持っている。
「ほら、おしづ。これが──」
瞬間、おしづが白い布ごと面奪って、そのまま走り去ってしまった。
「あっ、おしづ!」
末吉が慌てて追おうとしたのを、おつたが止めた。
「末吉さん、待って。わたしが追います。あの面が持ち去られたなんて知られたら、騒ぎになります。そうならないためにも、末吉さんはここに居てください」
「そう、だが──しかし」
「必ず連れて戻りますから」
おつたは、末吉のことばなど聞かず、おしづのあとを追った。
おしづはすぐに見つかった。
おつたが言いつけた場所──大きな木と古びた道祖神の傍、面を持って立っていた。
寺の近く、とある坂である。
おつたは、おしづに面を奪ってこの場に待っているようにと言ったのだった。
「じゃあ、ばあちゃんを呼んできておくれ。必ず、ひとりで来るようにいうんだよ」
「うん」
おしづは面をおつたに渡し、小さな足で祖母を呼びに行った。
末吉は、おつたと夫婦になり、子をひとりもうけていた。
おしづ、という女の子である。
おしづは、祖母のお保によく懐いたが、お保はおしづを可愛がらなかった。
五歳ながら、おしづはお保から疎まれていることを察した。
しかし、おしづは変わらずにお保に懐いた。
それも、お保には気に喰わない。
いじめるまではしないが、お保は決しておしづを可愛がろうとしなかった。
孫を可愛がらないということは、その母親であるおつたのことも快く思っていない。
「お義母さん、ちょっとよろしいですか?」
夏の暑い日──
おつたは声を鋭くして、お保に詰め寄った。
末吉の屋敷である。
座敷で茶をすすっていたお保は、嫁を睨みあげた。
「なんだい、騒がしいね。茶が不味くなる」
おつたはお安の正面に座り、
「お義母さん、おしづが泣いているんですよ」
「どうしてさね。わたしに関係があるのかい?」
「あります! おしづは、あなたのために花を摘んで来たそうですよ! それをあなたは、ただの草だと言って捨てたそうですね!」
「だって草じゃないか。それに、捨てたわけじゃない。地に返してやっただけだよ。ほれ、そこにあるわい」
お保は、顎で庭を指す。
おつたはお保を一瞥し、花を拾いに立ちあがった。
「わたしは女の子なんか要らないんだよ。男の子を産めと言ったろう」
お保が言った。
「!」
おつたの動きが止まる。
「わたしは男の子が欲しいんだ。女の子なんか要らないよ」
「男でも女でも、あなたの孫には変わりないでしょう! どうしてそういうことを言うのです!」
「思ったことを言ったまでだ、わたしは」
「なんですって‥‥」
「あんたは、あのおしづをお産した時に病気を患って、もう子どもができないじゃないか。もう、男の子が産めない」
「それがなんだって言うんです? おしづはあなたの孫です、どうして受け入れてくれないのですか」
「何度も言わせるんじゃないよ。男の子を産めと言ったはずだ、わたしは。それなのにお前は女の子を産みおった」
茶をすすり、お保は続ける。
「女の子なんて要らない。だから、あの子どもはわたしの孫なんかじゃないよ」
おつたはなにか言い返そうとしたが、口を硬く結び、庭へ出た。
必ず男の子を産めということは、夫婦になってすぐにお保から言われた。
余所者というだけで、おつたはお保からあまり良く思われていなかったが、おしづを産み、さらにおつたがもう妊娠できないとなってから、お保の厭味は増した。
この村のそれぞれの家には、きまりがあり、それを代々守ってきた。
余所者のおつたには判らない結束力や習わしがある。
とくに、このお保の家では、村の誰よりも田や畑などを多く持っていた。
お保には頭があがらない。
住職の光衣だけが、対等に接することができた。
末吉とおつたが夫婦になることに、お保は反対したが、末吉がおつたに惚れ込んでしまい、お保の言うことを聞かなかった。
家も土地もすべて捨てて駆け落ちしてやるとまで言われ、お保は渋々ふたりを認めた。
そして、おつたが男の子を産めば関係はすこしは良くなっただろうが、産まれてきたのは女の子。
産まれてきた子に罪は無いが、お保とおつたの関係はさらに悪くなってしまった。
おしづが五歳となったいまでもこの家に居られるのは、末吉がお保を説得し、光衣が、
「一度迎え入れた者を、追い出すことはない」
と言うからである。
しかし、おつたはもう限界であった。
堪忍袋の緒が切れた。
明日は奉納祭であり、鬼の舞が舞われる。
舞の練習で末吉は居ない。
おつたは、おしづを連れて寺へ行った。
舞の練習を見に来たのである。
いまは、すこしでも気を紛らわしたかった。
おしづは、舞いに興味津々である。
青鬼の面をつけているのが、末吉であった。
その面を見てはしゃぐ我が子を見、おつたは、あることを思いついた。
鬼の面だ──
あの面をつけて、お保を驚かせてやろう。
どこかへ呼び出し、そこで突然、大きな声をかけてやろう。
末吉に言えば、すこしくらい面を貸してくれるかもしれない。
おつたはそう思い立ち、舞の練習が終わるのをいまかいまかと待った。
十一、
「だめた。面に触れていいのは実際に舞う男たちだけだ。関係のない女が触れていいものじゃない」
末吉はおつたに言った。
「どうしても? おしづが近くで見てみたいと言ってるんだけど‥‥」
おつたは甘い声を出す。
「おしづが? いや、それでもだめだ」
眉間を皺を寄せ、末吉は困ったように妻を見る。
おつたも、困ったように夫を見る。
「──しかたない。すこしだけだ。ほんのすこしだけ。変なことはするなよ」
ひとつ息を吐き、末吉は言った。
「本当? 嬉しい!」
両親のやりとりを黙って聴いていたおしづが声をあげた。
末吉は我が子の頭を撫で、面を取りに行った。
遠くなる末吉の背を見ながら、おつたはおしづにそっと囁く。
「いいわね、おしづ。言われた通りにするのよ」
「うん」
おしづが頷くと同時に、末吉が面を持って戻って来た。
白い布で包み、持っている。
「ほら、おしづ。これが──」
瞬間、おしづが白い布ごと面奪って、そのまま走り去ってしまった。
「あっ、おしづ!」
末吉が慌てて追おうとしたのを、おつたが止めた。
「末吉さん、待って。わたしが追います。あの面が持ち去られたなんて知られたら、騒ぎになります。そうならないためにも、末吉さんはここに居てください」
「そう、だが──しかし」
「必ず連れて戻りますから」
おつたは、末吉のことばなど聞かず、おしづのあとを追った。
おしづはすぐに見つかった。
おつたが言いつけた場所──大きな木と古びた道祖神の傍、面を持って立っていた。
寺の近く、とある坂である。
おつたは、おしづに面を奪ってこの場に待っているようにと言ったのだった。
「じゃあ、ばあちゃんを呼んできておくれ。必ず、ひとりで来るようにいうんだよ」
「うん」
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