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エピソード2 サイドミラー破壊男【菓子職人·M氏】

⑤手繋ぎ家デート

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 次に会ったとき、彼は初めて会ったときよりもすこし男らしく見えた。すこしだけ。

「僕のうちにおいでよ」

 現在の彼の住居へは車で3時間くらいかかった。かなり遠い。だけど、初デートのときみたいに見切り発車で振りまわされるのは厭だし、金銭が関わってくるときっとこの男はダメさが露呈してまだ本気で好きになっていないのに嫌いになってしまいそうですこし怖かった。

 彼の部屋はアパートの外見のわりに小ぎれいで、ひとり暮らしするには充分な広さだった。

 ただ洋服が多いなという印象で、散らかっているというわけではないが、私が来ることが判っていたならもうすこし片付けておいてほしかった。

 最初から好きで好きでいたならば、彼のかすかな粗も愛情で誤魔化せてしまうのかもしれない。でもいまの私はそんなことないので、ほどよく良いところと悪いところが目に入る。悪いところのほうが多いかも。

 お昼ご飯を一緒に食べようということになったが彼の家には食料らしいものがなにもなく、食べに行くのもなにか進まなかったので、手近なコンビニでお弁当を2つ買ってゆくことにした。もちろん全額私の財布から出た。彼からの返金はなかった。

 リビングにあるすこしちいさめのソファに促され、隅っこに座る。詰められるように彼が隣に座る。

「やっぱ家って落ち着くね」

「――そうだね」

 居心地は悪くない。ただふたりで住むとかいうことになると手狭だ。

「いい?」

 なにが、と訊こうとしたら、彼の唇が私の唇に触れてきた。咄嗟に息を止めて、目蓋を閉じてやりすごした。

 触れるだけで、そこから先はなにもしてこなかったが「いい?」と訊いておきながら許可も得ずになにをしてくれてんだこの男は。

「僕さ、いま地元のカフェで働いてるんだけどさ、もとはあっちのケーキ屋に居たのね。でもそれって一時的なものでさ、やっぱりあのケーキ屋で働くのが夢だったし楽しかったから、いずれ戻ろうと思うの」

 言いながら彼は私の手を握ってきた。

「もうすこししたらここを引き払おうと思うんだけど、君は向こうに住むってなったらどう?」

 なにを問われているのか理解できなかった。つまり、引っ越すんだけどついて来いってことなんでしょ? なんでこんなまわりくどい言い方なんだ。

「車はあってもいいよね。便利だし。僕もいまカフェの友だちのやつたまに借りてるんだけど、買うとなるとなぁ」

 ムードというか距離の詰め方というか、彼はいままでどうやって女性と関わり合ってきたのだろう。

「あのさ、訊いていいかな」

 質問ばっかだなコイツ。

「僕も話すから、元彼のこと教えてほしい。いままででどんな人と付き合ってたのとか、どうやって別れちゃったのかとか。いずれ話すんだったら、いま聞きたい」

「‥‥言いたくないからあなたのも聞かない、ってのはダメ?」

「うーん‥‥ごめん」

 ああ、困らせてしまった。俯く彼の横顔もまた悪くはないが、見た目に反して中身がぐずぐずすぎる。

 私が背中を叩いてしゃんとさせてやらなきゃダメか。彼の手を引いて前を向かせなきゃダメか。こうして私はダメ男を好きになるのか。

「判った、条件がある」

「うん?」

 彼の声色と顔がすこし明るくなった。

「私たちが出逢ったアプリを一緒に消そう」

 この女でダメになったらほかに行こう。そうならないように道を絶たなきゃダメだ。私は無料登録で事足りてるけれど、彼は有料登録で、ほかからも選び放題だからそれをなんとかしないと。

「そんなことでいいの?」

 案外、彼はすんなり受け入れてくれた。

 お互いがスマホ画面を見せ合い、お互いに解約とアンインストールをタップした。

 そこから彼は堰を切ったようにいままでの恋愛遍歴を語り出した。

 いろいろ重たかったし、ろくでもない内容ばっかりだった。元カノは、ほかの男と浮気をして別れたらしい。

 いわゆる、捨てられたのだ。

「お腹すかない?」

 彼が立ちあがった。手は繋がれたまま。離してくれるのかと思ったが、ぐいと引っ張って離してくれなかった。

「台所いこう。繋いだまま、歩きたい」

 なんそれ。

 私は彼の困り顔を見るのが厭で、文句を言わずに素直に従うことにした。

 もしかしたら顔には出ていたかもしれないけれど。

 細身で蹴り殴ったら簡単に折れてしまいそうな彼だけれど、私の手を引く力は強かった。こんなにひょろ長くて砕けてしまいそうなのに、そのあたりちゃんと男なのはズルい。

 それから部屋のなかを歩くときはほとんど手を繋いだままだった。

 トイレと帰るときはさすがに離してくれた。
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