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第二章 吉原
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しおりを挟む「糞っ……たれ!」
罵倒と共に放つ【突風】の魔法は、風ならぬ海水を巻き込み大渦となってそいつらを蹴散らす。
蹴散らされる「そいつら」とは、まあ……そうだな、強いて呼ぶなら「大海蠍」か? 巨大なハサミと牙を持つムカデっぽい様な蠍っぽいような節足動物で、かなり深い水域の海底に住む魔物だそうだが、そのおかげで人間たちの領域で見かけることはまずない。
大量発生したとか言うそいつを、気合いの悪態とともにまとめて退治。有り難いと言うべきか、水中で【突風】を使うと、まさに大渦となってかなり破壊力が増す。ただ、魔力、体力の消耗も激しい。海底と言う周りに空気のない状況で使っていることもあるが、もともと俺の入れ墨魔法による魔力循環法は、エルフや訓練された魔術師のそれと違って、本来そんなに内在してない魔力を入れ墨により埋め込まれた術式で使うものなので、なんつーか立て続けに大技で大量の魔力を使うと、シンプルに疲れる。
「……おい、ネミーラ、もう、これで、終わり……か?」
水中だから直接会話の出来ない俺は、貸し与えられたトランシーバーのような貝の魔導具でネミーラへと聞く。
聞かれたネミーラは、楽しげに海蠍を“粉砕”しつつ、
「さあな!」
との答え。
この“粉砕”ってのも、別に比喩とかじゃない。マジで素手で“粉砕”してやがる。
いや、こんな戦い方すんの、グイドか“巨神の骨”の巨人たちくらいしか見たことねぇぞ。何なんだお前は。
俺がこんな事をしてるのは、牢を出て、シーエルフ達の裁定が下ったその結果だ。
言葉がほとんど分からない以上、これまた後から、また合間合間にネミーラから聞いた話になるが、物凄く簡単に言えば、
「勝手に任地を離れ、わけのわからぬ地上人を連れてくるなど、王族としてあるまじき振る舞い。ネミーラには謹慎を、その地上人は切り刻んで魚の餌にすべし」
「いや、魚に変な物を食わせるのは良くない。ネミーラの所領で最近大海蠍が増えておるから、撒き餌としてばらまき、おびき寄せて退治しよう」
なんてな他の王子、王族、重臣たちのふざけた話に、
「離れてた間に何があったかは後で話すが、たかが海蠍退治なら、この下僕1人でも容易い」
とネミーラは大見得を切る。
よう言うたな、吐いた唾飲まんとけや、と、王族のわりに荒っぽい売り言葉に買い言葉。
んで、やれるもんならやってみろ、おう、やったるわい、との流れながら、まあ流石に下僕……ああ、俺のことだが……1人では話にならんだろうから、ネミーラとその下僕の地上人だけでやって見せろとの条件で、その現場まで数人の見届け人の監視の元連れてこられて、からの、今、だ。
「はははは、まだまだ物足りぬぞ! よし、もっと奥の方まで進もうではないか!」
久々に暴れられて気分がいいのか、ネミーラはそんなことを言いながらずんずんと進んでいく。
「いや、いや、待て待て、ちょっと、待てっての……!」
息切れし始めてる俺は慌ててそう押し留めようとするが、全く聞く耳持ちやしねぇ。
俺はネミーラについては、いわゆる一般的なエルフのイメージ、「高貴で高慢」ってなのに近いタイプだ、と思ってたが、こりゃ違うわ。
高貴……これはまあ、王女だってことも含めて確かに合ってた。高慢……これもあながち的外れってほどでもねぇ。だがそれ以上に、こいつ基本は単なる無軌道で無計画な戦闘馬鹿だ。ただ暴れてりゃ楽しいってだけの奴だ。レイフの母親だって言うナナイってのにもちと似てるが、それよりもっと……そうだな、“黎明の使徒”の警備兵、半死人のターシャに近い。
置いてけぼりを食らう俺の横に2人、そして、勝手に突き進み好き勝手やっているネミーラの方に2人、それぞれに見届け人として追随していたシーエルフ達が付き、暫くしてネミーラに付いていった2人がふて腐れたネミーラを左右から挟み込ようにして連れ戻す。FBIに捕まったエイリアンか。
何か言い争いをしてるっぽいが、やはり俺にはほとんど分からん。
何にせよ、そんなこんなでネミーラと俺は王族から課された「課題」を、きっちりとやってのけた事になる……かと、思いきや、だ。
「下僕よ、次に行くぞ、次に!」
「……は!? 次っ……て、何だ!?」
「まだ六ヶ所ほど荒れておる海域があるのじゃ。成敗せねばならんぞ」
「マジかよ……。てか、それってお前がサボってたせいでそうなってんだよな? 基本全部お前のせいだよな? 完璧……俺、ただの巻き込まれ被害者だよな!?」
「お主はごちゃごちゃうるさいのう。良いから行くぞ!」
行くぞ、じゃねぇよ!
◇ ◆ ◇
「───だが、そうとばかりは言えんのだ、地上人よ」
と、そんな事を言うのは、見届け人……というか、厳密にはネミーラの補佐官だそうだが、まあそいつ。有り難いことに、シーエルフ語じゃなく帝国語で話しかけてきてくれた。
かつてはそれなりに地上人との交流もあったシーエルフ達は、特に年長者だと帝国語も堪能。ただ現在はそう使う機会もないし、別に俺にだけ合わせてシーエルフ達が使ってくれるワケも無い。なので今までネミーラによるかなり雑な通訳でのみシーエルフ達のやりとりを把握していたんだが、今は直接俺へと話かけて来ているので帝国語を使ってくれている。
「あ~……そりゃ、何でだ?」
「魔獣、魔物の発生、活発化の条件は知っておろう?」
「まあ、基本はな。
汚れた魔力溜まりなんかによる汚染とか……だろ?」
「ああ、そうだ。
そして、この近辺ではそこにさらに、プント・アテジオから流された“毒”の影響もある」
……ああ、例の“毒蛇”ヴェーナが使った……てな話のシロモノか。
「“毒”……あるいは“呪い”。そのどちらでもあったが、あの者が垂れ流した害毒は、長期間に渡り摂取した者の魔力循環を歪め、弱らせる。
元々魔力のさして多くない人間共に対しての影響力はそう劇的ではなかった。しかし包囲され籠城状態にあったプント・アテジオにおいては、包囲の中でじわじわと効果をあげ、だめ押しとして使った呪術により魔人のなり損ないのように変化した者も多数現れた」
最初に“毒蛇”ヴェーナが毒を流した、と聞いたときにイメージしたものより、実情ははるかにおぞましい話だな。
「その毒と呪いは、海にまで広がった。
そしてその効果は我々シーエルフ、また、魔獣などにはより大きく現れた。
だが我々シーエルフは魔力循環が歪まされても、それを治す術にも長けていた。だから対処さえ誤らねば実害を防ぐのは難しくも無い。
だが……厄介だったのは魔獣への影響の方だ」
……成る程、そう言う事か。
「大海蠍などはその典型だ。奴らは元々腐肉喰らい、海底に溜まる他の生物の死骸を喰らい処理する掃除屋にすぎない。
しかし沈殿した毒と呪いの効果が蓄積され、このように凶暴な魔獣となり、増殖し続けている」
ただ毒を流され被害を被った……ってだけの話じゃなく、生態系そのものを変えてしまう公害を垂れ流された……てな感じか。
「そして……半年ほど前、だ」
公害問題との例えに納得していると、さらにそのネミーラの副官が話を続ける。
「ある時期から突然、“巨神の骨”から来る魔力の歪みが激しくなった。
それは程なくして収まったが、そのときに現れた闇の魔力の淀みは、各方面でさらなる魔獣の増加、凶暴化を引き起こし、未だにその混乱は治められていない」
再びの、「あー……」だ。
ザルコディナス三世の覚醒によるクトリア内魔力循環の乱れ、余波。
それが、偶然とは言え以前プント・アテジオで“毒蛇”ヴェーナが使った毒と呪術による被害を、さらに拡大させたワケだ。
確かに、俺自身は直接的な原因ではないとは言え、一連の顛末に関わっている当事者としては全く無関係な“他人事”とも言えねぇな。
しかたない、きりの良いところまでは付き合ってやるか……。
■ □ ■
2日ほど魔獣、害獣退治をやり続けてようやく一段落。大海蠍だけじゃなく、海竜だの岩蟹にちょっと似た巨大脚長蟹だの触手獣だのと結構なバリエーションだ。
お陰様で、不利な状況下での風魔法及び“シジュメルの翼”の使い方にちょっとばかし長けてきたような気がするぜ。
改めて、俺とネミーラ、そして今回は見届け人として追随していたネミーラの副官が俺の通訳として玉座前の広間へと並んで国王陛下との謁見になる。
と言うか、要は「判決を言い渡す」と言うヤツだ。
ネミーラは既にこっちの……と言うか、まあサッド、ラシード等と取り決めていた“闇エルフ団からの要望”を伝えているし、もちろん王族重臣たちも会議でそれへの返答は決めてある。王政のわりに、結構そう言うの大事にするらしい。
「まずは地上人よ、我が娘ネミーラの地上での苦難に助力したこと、大義であった」
これは海蠍退治のことではなく、俺とは全く関係のない、ネミーラが奴隷商に捕まっていたのをたまたまラシードやガンボン達が救うことになった件について。
前回の会議では「得体の知れぬ地上人なんぞ連れてきおって」と言う論調だったのが、随分と態度が変わったもんだ、とは思うが、ネミーラとその話を聞いた副官からの聞き取りで、事の顛末が具体的に分かったから、という事らしい。と言うか最初はネミーラがマトモに説明してなかったのを、副官が事細かに聞き出して報告した結果だ。つまりネミーラが悪い。
「そしてネミーラ」
さて、ここからが本命。
サッドやラシードの目論見がどう転ぶか……てなところだが、
「我らアンデルシア国軍は、その闇エルフ団なる者達のことは一切関知せぬ。その様な者達の事は知らぬし、今後も共闘する事などはない」
と、まあ当然ながらもにべもない。
この三日間が完全に徒労になったか……とも思うが、まあ元から成功するとは思えなかった交渉ごと。だが俺の立場からすれば、この仕事を引き受けることでサッド達“闇エルフ団”に恩を売って、情報なり何なりを貰えればそれで良い。思ってたより面倒な事はなったが、結果的にゃ得してる。
と、そんな風に思っていたが、それを聞いたネミーラはニヤリと笑い、
「ありがたく承りましたぞ、父王陛下!」
と言い両手を正面でクロスして重ねるような仕草でシーエルフ流の最敬礼。
「さあそれでは、まずは我が城塞へと戻り、それから再び地上へと向かおうではないか!」
謁見の間から退出しながら、ネミーラは嬉々としてそう言い、その後を副官が沈痛な面持ちで追う。
「あ? なんでだ? いや、まああんたがそれをやると言うなら、別に俺に止める権限はねえけどよ。けどついさっき、『関わるな』って釘刺されたばっかじゃねーかよ?」
そう問い質すと、
「関わるな? そんな事言っとらんかったであろう?」
と呑気なもの。
ちょっと何を言ってるのか良く分からない、といぶかしんでいると、副官がまた苦々しい顔で、
「“国軍は”関知せず……つまり、ネミーラ様が私兵を率いて何かをするのは構わない……と言う事です」
と解説。
……いや、まあサッド達にとっちゃ朗報かもしれんが、ちょっといい加減すぎねぇか、シーエルフ流?
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