228 / 241
雨が上がったら外は安全
しおりを挟む 産声を上げることなく生まれた正妃の生んだ第一王子は、その後の成育状態で一般的な発育との違いが指摘され、また、王家のみで行われる簡易的な精霊との相性判断でも、魂の力の薄さが明らかになるだけで、どの精霊から反応もなかったことから、王子の存在そのものを問題視するものまで現れる始末。
誕生の祝いにと訪れた貴族達は、ただ眠っているとしか見えない赤子の頭上で、値踏みするような視線とともにひっそりと交わされる会話を当の赤子が聞いていることを知りもせずに……。
「一応陛下の初めてのお子様だからな、それも男児」
「しかし……ここだけの話、このご様子では難しいのではないか……」
「ん?難しいとは、ご成長のことか?次代は?と言うことか?」
「イヤイヤ、そこは……。陛下もまだお若い、側妃や愛妾を持たれれば、長子が次代と決まっておる訳でも……」
「あぁ、伯爵はまだご存じなかったか。陛下は……イヤ、そろそろ暇致そうか」
「侯爵様。ここには我々しか居りませんぞ、このように話を途中で終わらせられると、明日私は寝不足で仕事も手につかないでしょう」
「うむ、それも困るな。伯爵の錬金術は、それは素晴らしいものだ。これからも我らのためにその手腕を振るってもらわなければ、公爵様も期待しておるしな。……ここだけの話だ、まだこのことは公爵家とその縁戚たる数家の侯爵家しか知らぬ事……」
「それは是非とも、この金を生む事しか能のない私が、本領を発揮するためにもお教え願いたい」
「この数ヶ月前か、陛下はとある伯爵家を、またぞろ訪ねた」
「とあるとは……あの!まだ切れていなかったのですか?」
「うむ。会いに行った人物は、『あれ』ではなく、可愛い盛りの……な」
「まぁ、親心というものですかな。生まれながらに陰にいなければならない子と、これから生れ出る輝ける子。……輝けるかどうか、この様子では、ですが」
「確かにそのような気持ちがあったのかもしれないがな。とにかくその時に、偶々その子が掛かっていた『風邪』に感染ってしまったらしくてな……」
「風邪ですか?」
「あぁ、子供ならばただの風邪。大人が感染れば……『種無しの風邪』にな」
「なっ、なんと⁉︎」
「であるから、これから陛下の御子のお生まれになる可能性は、限りなく無に等しい」
「そう、選択肢は……」
その時には、少し場を離れていた乳母が部屋に入ってきた。
次代の王になるかもしれない嫡男である赤ん坊が、ただ一人部屋に置いておかれている事がすでに異常な事であるのだ。その上部屋の中に有象無象が入り込める状態である事も。
誰もいないと思っていた乳母は、部屋の中に入り込んでいた人物が、自分より身分の随分と高い、侯爵と伯爵である事がわかると、抗議の声をあげるでもなく、頭を下げた。
誕生のお祝いは、この寝室まで入る事なく次ノ間で王妃の女官が受ける事になっていたはずである。しかし、その指摘を乳母の身分でする事も難しい。乳母の元々の身分も、王子の乳母となるには思いもよらない程低いものであったのだ。
いくら身分が高いと言っても、この場所に入っていた事は言い訳のきかない事。
恰幅のいい二人の男は、小さく咳払いをすると何事もなかったかのように次ノ間に移動を開始する。
その時に、何気なく体に似合わない大きなベッドで眠っているはずの王子にチラリと目をやった。
その瞬間、侯爵は背筋に走った冷たさに、肉の厚い肩が思わず震えた。
何もなく眠っているだけと思っていた赤子が、パチリと目を開けて侯爵を見つめていたからだ。その瞳の色はまるで何もかも見透かすような、深淵の泉の淵に立たされているような、そんな心持ちを持たせる、とても赤子とは思えない虚無の色。
この王宮で成人を迎えた15の時より、策謀の波を泳いできた侯爵が、恐れを抱くそんな瞳。
「……まさかな……」
無理やりその瞳から視線を引き剥がした侯爵は、赤子には目をやらなかったのだろう訝しげに侯爵を伺う伯爵を引き連れて、堂々と隣の部屋への扉を潜った。
しかし、その侯爵の判断は間違っていなかった。
だって、一つになった『俺』は、『僕』の記憶としてその時の事を事細かく覚えているのだから。
誕生の祝いにと訪れた貴族達は、ただ眠っているとしか見えない赤子の頭上で、値踏みするような視線とともにひっそりと交わされる会話を当の赤子が聞いていることを知りもせずに……。
「一応陛下の初めてのお子様だからな、それも男児」
「しかし……ここだけの話、このご様子では難しいのではないか……」
「ん?難しいとは、ご成長のことか?次代は?と言うことか?」
「イヤイヤ、そこは……。陛下もまだお若い、側妃や愛妾を持たれれば、長子が次代と決まっておる訳でも……」
「あぁ、伯爵はまだご存じなかったか。陛下は……イヤ、そろそろ暇致そうか」
「侯爵様。ここには我々しか居りませんぞ、このように話を途中で終わらせられると、明日私は寝不足で仕事も手につかないでしょう」
「うむ、それも困るな。伯爵の錬金術は、それは素晴らしいものだ。これからも我らのためにその手腕を振るってもらわなければ、公爵様も期待しておるしな。……ここだけの話だ、まだこのことは公爵家とその縁戚たる数家の侯爵家しか知らぬ事……」
「それは是非とも、この金を生む事しか能のない私が、本領を発揮するためにもお教え願いたい」
「この数ヶ月前か、陛下はとある伯爵家を、またぞろ訪ねた」
「とあるとは……あの!まだ切れていなかったのですか?」
「うむ。会いに行った人物は、『あれ』ではなく、可愛い盛りの……な」
「まぁ、親心というものですかな。生まれながらに陰にいなければならない子と、これから生れ出る輝ける子。……輝けるかどうか、この様子では、ですが」
「確かにそのような気持ちがあったのかもしれないがな。とにかくその時に、偶々その子が掛かっていた『風邪』に感染ってしまったらしくてな……」
「風邪ですか?」
「あぁ、子供ならばただの風邪。大人が感染れば……『種無しの風邪』にな」
「なっ、なんと⁉︎」
「であるから、これから陛下の御子のお生まれになる可能性は、限りなく無に等しい」
「そう、選択肢は……」
その時には、少し場を離れていた乳母が部屋に入ってきた。
次代の王になるかもしれない嫡男である赤ん坊が、ただ一人部屋に置いておかれている事がすでに異常な事であるのだ。その上部屋の中に有象無象が入り込める状態である事も。
誰もいないと思っていた乳母は、部屋の中に入り込んでいた人物が、自分より身分の随分と高い、侯爵と伯爵である事がわかると、抗議の声をあげるでもなく、頭を下げた。
誕生のお祝いは、この寝室まで入る事なく次ノ間で王妃の女官が受ける事になっていたはずである。しかし、その指摘を乳母の身分でする事も難しい。乳母の元々の身分も、王子の乳母となるには思いもよらない程低いものであったのだ。
いくら身分が高いと言っても、この場所に入っていた事は言い訳のきかない事。
恰幅のいい二人の男は、小さく咳払いをすると何事もなかったかのように次ノ間に移動を開始する。
その時に、何気なく体に似合わない大きなベッドで眠っているはずの王子にチラリと目をやった。
その瞬間、侯爵は背筋に走った冷たさに、肉の厚い肩が思わず震えた。
何もなく眠っているだけと思っていた赤子が、パチリと目を開けて侯爵を見つめていたからだ。その瞳の色はまるで何もかも見透かすような、深淵の泉の淵に立たされているような、そんな心持ちを持たせる、とても赤子とは思えない虚無の色。
この王宮で成人を迎えた15の時より、策謀の波を泳いできた侯爵が、恐れを抱くそんな瞳。
「……まさかな……」
無理やりその瞳から視線を引き剥がした侯爵は、赤子には目をやらなかったのだろう訝しげに侯爵を伺う伯爵を引き連れて、堂々と隣の部屋への扉を潜った。
しかし、その侯爵の判断は間違っていなかった。
だって、一つになった『俺』は、『僕』の記憶としてその時の事を事細かく覚えているのだから。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説

本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

視える棺―この世とあの世の狭間で起こる12の奇譚
中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、「気づいてしまった者たち」 である。
誰もいないはずの部屋に届く手紙。
鏡の中で先に笑う「もうひとりの自分」。
数え間違えたはずの足音。
夜のバスで揺れる「灰色の手」。
撮ったはずのない「3枚目の写真」。
どの話にも共通するのは、「この世に残るべきでない存在」 の気配。
それは時に、死者の残した痕跡であり、時に、境界を越えてしまった者の行き場のない魂でもある。
だが、"それ"に気づいた者は、もう後戻りができない。
見てはいけないものを見た者は、見られる側に回るのだから。
そして、最終話「最期のページ」。
読み進めることで、読者は気づくことになる。
なぜ、この短編集のタイトルが『視える棺』なのか。
なぜ、彼らは"見えてしまった"のか。
そして、最後のページに書かれていたのは——
「そして、彼が振り返った瞬間——」
その瞬間、あなたは気づくだろう。
この物語の本当の意味に。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる