怪異の忘れ物

木全伸治

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新居

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春、会社から近いアパートが空いたので、そこに引越しただけだった。だが、
ある夜、仕事が終わって、夕飯を食ってのんびりとパソコンを見ていたとき、どんどんとアパートのドアが叩かれた。
「たかし、私よ、私、ね、開けてよ。外から明かりが見えたから、いるんでしょ。今、いるんでしょ」
たかし? 部屋を間違えているのだろうか。引っ越したばかりで、部屋に連れ込む彼氏もいないし、たかしという知人も同僚もパッと思いつかない。
なにより、もう夜も遅く、部屋を間違えたにしても非常識な来訪だ。
たく、うるさいな・・・。
「こんな時間に誰ですか」
非常識な相手だと思い、ついドア越しに不機嫌さを隠さない声をぶつけてしまう。
「女?  今、部屋に女がいるの?」
聞き覚えのない女の声が返って来た。
「あの、誰なんですか。私、もう寝るところだったんですけど」
「ちょっと、開けなさいよ。彼を隠してるんでしょ。さっさと開けなさい。この泥棒猫」
「あの、さっきから誰のこと言ってるんです。私、四月からここに引越したばかりで、前の入居者と勘違いされていませんか」
「は? 引越した。じゃ、たかしはどこよ」
「前の入居者のことなんか知りません。たぶん、私と入れ違いにどこかに引越したんじゃないですか」
「どこかって、どこよ」
「そんなの知りませんよ。不動産屋さんにでも聞いたらどうですか」
不動産屋が教えてくれるとは思わなかったが、私としては、ドアの向こうの面倒臭そうな女を別の誰かに押し付けたかった。
「引越した、私に内緒で・・・、まさか・・・」
「とにかく、私はたかしとか言う人知りませんから、この部屋には私以外居ませんから、帰って下さい」
ドアの向こうが、急に静かになり、私はドアに耳を当て、十分ほど、様子を見た。一応、ドアの小さなのぞき穴から外を見た。外の廊下は薄暗かったが、女の影らしきものが、私の部屋から遠ざかるのが見えた。
見えなくなるのを待ってから、ゆっくりとドアを開けて外の様子を確認する。まだ、女がうろついているようなら警察に連絡しないと。そう思ってドアを開けて、外を見ていたとき。
ダダッと走って来る見知らぬ女が見えた。慌ててドアを閉めて部屋の中に避難しようとしたが、相手の方が早く、ドアを閉めるのを妨害するように体当たりしてきた。
「この、泥棒猫、彼は私のものだから!」
その女は血走った目で叫びながら、私に馬乗りになり、隠し持っていたナイフで私の顔や胸を滅多刺しにした。
「やめて、いやっ! 誰か、助けて!」
私の叫びが他のアパートの住人に届いて何とか、私は助けられた。
女は警察につかまり、私も重傷を負ったが一命をとりとめた。
その後の調べで、やはり、前に住んでいた男性のストーカーで、彼の引っ越しとともに居所が分からなくなり、私が隠していると思い込み犯行に及んだようだ。その男性は、ちゃんと私のお見舞いにも来てくれた。ストーカー女にちゃんと対応しておかなかった自分が悪いと申し訳なさそうにしていた。
私は、その前の住人だった男性を恨まなかった。警察につかまり、事件当時の精神状態を考慮されて、減刑されたあの女の方がゆるせなかった。
だから、執行猶予が付き、精神病院に通っていた、その女を襲った。今度はその女の悲鳴で私が警察に捕まったが、その女につけられた顔の傷のおかげで、私も事件当時の精神状態を考慮されて執行猶予付きの軽い刑になった。
世間的に、私の復讐は至極当然だったし、同情もされて、お互いに顔に醜い傷を負ったけれど私もあの女も生きている。
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