怪異の忘れ物

ポケットの中の目

営業先から帰る途中、外は寒いからズボンのポケットの中に手を突っ込んでいた。が、ふと手を出すと、指に何かが絡みついていた。一瞬、糸くずに見えたが、違う。髪の毛だった、とても長い髪の毛が数本手に絡んでいた。この長さ、女の髪だろうか。
だが、おかしい。俺は一人暮らしで、そんなに髪は伸ばしてはいないから、ポケットにこんな長い髪の毛が入り込むはずがない。奇妙に思い、ポケットの口を指で広げて、中を覗いてみた。
目が合った。
文字通り、ポケットの中の目と目が合ったのだ。
俺はビクッとなって思わず、ポケットの口を広げていた指を引いた。
しばらく、辺りをキョロキョロしたが、周りの風景におかしなところはない。
会社近くのごくありふれた街中だ。お化けの出るような場所でも時間でもない。
俺はとにかく、もう一度だけ勇気を出してポケットの中を覗いてみた。手鏡でも入れ忘れていたかもしれない。だが、そこには何もなく、俺は冷静を装いつつ会社に戻ることにした。だが、あの目には見覚えがあった。誰だったか記憶を辿るのに夢中になり、歩行者信号を見逃した。誰の目だったか思い出した瞬間には、急ブレーキとトラックのクラクションと横殴りの衝撃を食らっていた。