怪異の忘れ物

木全伸治

文字の大きさ
上 下
167 / 241

犬の鳴き声

しおりを挟む
犬の鳴き声がうるさいと、隣のおばさんが家に乗り込んできた。だが、怒鳴り込まれても、私はキョトンとしてしまった。隣のおばさんとはいっても、こちらは最近越してきたばかりで、一応、引っ越しの挨拶でお隣には訪れていたが、ちょっと挨拶したぐらいで、まだ親しくはなかった。
おまけに、うちでは犬を飼っていない。だから、そう伝えたのだが嘘を付くなとそのおばさんは騒ぎ続けたので、仕方なく警察に通報したが、パトカーが到着し降りて来るおまわりさんの姿を見ても、そのおばさんはひるむことなく、逆にそのおまわりさん相手に、近所迷惑だ、こいつらを逮捕しろなどと叫び続け、おまわりさんが、署で話を聞くからとそのおばさんを連れて行こうとしてくれたが、おばさんは抵抗して、私の家の前から動こうとはしなかった。しかも、おまわりさんが強引にパトカーに乗せようとすると、痴漢、触らないでと騒ぎ、おまわりさんが閉口していると、騒ぎを聞きつつけた近所の人たちで人垣ができていた。すると、その人垣を掻き分けて、一人の若い女性が「おかあさん!」と言いながら現れた。
「また騒ぎを起こして、ごめんなさいね」
その女性は、私とおまわりさんに頭を下げ、その女性を連れて行こうとした。
「だって、ここの家の犬が・・・」
「犬なんていないって、言ってるでしょ、また、お隣さんを引っ越しさせるつもり」
「また?」
私が首をひねると、その女性が簡単に説明してくれた。
「実は、前にこちらの家に住んでいた方にも、うちの母が犬がうるさいと何度も押し掛けて、こちらが慰謝料を払って、引越していただいたんです」
「前の住人にも同じようなことを?」
「はい、そうです」
なるほど、隣人トラブルで引っ越しして空き家になったから、格安の物件だったのか。
「とにかく、うちでは犬を飼っていませんので」
「はい、わかっています」
そう言って、娘さんは母親を家に連れて行った。
おまわりさんは、「また、何かありましたら、すぐ連絡してください、すぐ駆けつけますから」といってくれたが、本音は、もう呼んでほしくなさそうな雰囲気で、パトカーで帰って行った。
後日、親しくなった近所の人から、そのおばさん、最近、旦那に離婚されて、それで、ちょっとおかしくなったという。実は、犬を飼っていたのは、そのおばさんの家で、離婚した旦那さんが犬を引き取って去り、それ以来、近所に、旦那が、犬を連れて嫌がらせに来ているという妄言を吐きまくり、それが、隣の家の犬という風に変化して、いるはずのない犬の鳴き声が聞こえると騒ぐようになったらしい。で、結婚して近所に住んでいる娘さんが、離婚した母親が騒ぎを起こすたびに慰謝料を払うなどのフォローをしているそうだ。
だが、あの騒ぎ以降、私は、あのおばさんの姿をみなくなった。
たまに娘さんが来て、母親の家の掃除をしているようだが、やはり、あのおばさんの姿を見ない。なので、娘さんにあったとき、「こんにちは、おかあさんはお元気ですか」と声をかけた。
「え、母ですが、遠くの施設に預けました。安心してください。それと失礼ですが、本当にお宅は犬を飼ってないんですよね?」
「ええ、飼ってませんが?」
「ですよね、ここに犬なんて、いるわけないですよね」
そう念押しする娘さんの表情が、あのときのおばさんの顔に似ているような気がした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

視える棺―この世とあの世の狭間で起こる12の奇譚

中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、「気づいてしまった者たち」 である。 誰もいないはずの部屋に届く手紙。 鏡の中で先に笑う「もうひとりの自分」。 数え間違えたはずの足音。 夜のバスで揺れる「灰色の手」。 撮ったはずのない「3枚目の写真」。 どの話にも共通するのは、「この世に残るべきでない存在」 の気配。 それは時に、死者の残した痕跡であり、時に、境界を越えてしまった者の行き場のない魂でもある。 だが、"それ"に気づいた者は、もう後戻りができない。 見てはいけないものを見た者は、見られる側に回るのだから。 そして、最終話「最期のページ」。 読み進めることで、読者は気づくことになる。 なぜ、この短編集のタイトルが『視える棺』なのか。 なぜ、彼らは"見えてしまった"のか。 そして、最後のページに書かれていたのは—— 「そして、彼が振り返った瞬間——」 その瞬間、あなたは気づくだろう。 この物語の本当の意味に。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

熾ーおこりー

ようさん
ホラー
【第8回ホラー・ミステリー小説大賞参加予定作品(リライト)】  幕末一の剣客集団、新撰組。  疾風怒濤の時代、徳川幕府への忠誠を頑なに貫き時に鉄の掟の下同志の粛清も辞さない戦闘派治安組織として、倒幕派から庶民にまで恐れられた。  組織の転機となった初代局長・芹澤鴨暗殺事件を、原田左之助の視点で描く。  志と名誉のためなら死をも厭わず、やがて新政府軍との絶望的な戦争に飲み込まれていった彼らを蝕む闇とはーー ※史実をヒントにしたフィクション(心理ホラー)です 【登場人物】(ネタバレを含みます) 原田左之助(二三歳) 伊代松山藩出身で槍の名手。新撰組隊士(試衛館派) 芹澤鴨(三七歳) 新撰組筆頭局長。文武両道の北辰一刀流師範。刀を抜くまでもない戦闘の際には鉄製の軍扇を武器とする。水戸派のリーダー。 沖田総司(二一歳) 江戸出身。新撰組隊士の中では最年少だが剣の腕前は五本の指に入る(試衛館派) 山南敬助(二七歳) 仙台藩出身。土方と共に新撰組副長を務める。温厚な調整役(試衛館派) 土方歳三(二八歳)武州出身。新撰組副長。冷静沈着で自分にも他人にも厳しい。試衛館の弟子筆頭で一本気な男だが、策士の一面も(試衛館派) 近藤勇(二九歳) 新撰組局長。土方とは同郷。江戸に上り天然理心流の名門道場・試衛館を継ぐ。 井上源三郎(三四歳) 新撰組では一番年長の隊士。近藤とは先代の兄弟弟子にあたり、唯一の相談役でもある。 新見錦 芹沢の腹心。頭脳派で水戸派のブレインでもある 平山五郎 芹澤の腹心。直情的な男(水戸派) 平間(水戸派) 野口(水戸派) (画像・速水御舟「炎舞」部分)

処理中です...