怪異の忘れ物

木全伸治

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ありがとう、お母さん

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俺は生まれてすぐ、物心つく前に母に目と耳を潰された。
何も見えず何も聞こえない静寂が俺の世界になった。
母は俺が誰の子かわからず、どうしようかと迷い、この世には、猥褻な漫画や怪しい情報を流すネットで世界は汚れているから、何も見ない、何も聞かないように目と耳を熱した鉄で潰したのだそうだ。
赤子だった俺は痛みで喚いたが、母はこれで死んでくれたら楽だと思ったそうだ。だが、死ななかったので、こっそりと育てることにしたという。
見ない聞こえない俺は、そのことを、大人になってから知った。
俺を一人で産んだ母は、役所に俺の出生を届けることもなく、アパートの一室に閉じ込めてこっそりと育てた。
だが、目と耳を潰された俺は、手探りで周りの様子を探り、何となく、外の世界を感じ、母が外出中で留守だったとき手探りで、ドアのカギを開けて外に出た。母から逃げ出したのではなく、幼かった子供の好奇心から、外の世界が気になって、その部屋を抜け出したのだ。
すると、近所のおばちゃんが、目と耳を潰された異様な子供が、ふらふらと外を歩いているのを見つけて保護して通報してくれた。俺は警察に保護され、母もつかまった。児童虐待などと世間に責められて、執行猶予なしで塀の向こうに送られたそうだ。
すべて、後から知ったことだ。俺は、指先や肌に触れる感触でしか外の情報を得られず、言語というものを理解するのにも随分と時間がかかり、点字を理解して人とコミニケーションできるのようになるまで本当に苦労したが、こんな状態の俺を親切な夫婦が引き取ってくれて、大人になるまで育ててくれた。
だが、その夫婦は腹黒く、不自由な俺に支払われる生活保護費を自分たちで管理し、また講演を開いて、世間の同情を集め、俺へ送られる同情の寄付金も着服していたクズだった。度々、その講演会に引っ張り出されて、いろんな人たちに、可哀そうにねと無理矢理手を握らされたりもした。
しかし、ある日、その親切を装って俺を金集めの道具にしていた夫婦が、俺の目の前で殺された。犯人の姿や顔は当然見えなかった。だが、気配で、その夫婦を殺したのが、誰か分かった俺は、塞がれていない口で、たどたどしくこういった。
「ありがとう、お母さん」
もちろん、警察には、見えない聞こえないので犯人は分からないと答えた。

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