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深海の女王アデア

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団長や獣人のおっさんらは街に戻ったが、吸血姫の庇護下にいることになった俺につきあって女剣士は城に残った。
タダで居候するのは心苦しく、また寄生されている触手王に肉体のすべてを搾り取られる前に、追い出すのに適当な毒を用意してくれると吸血鬼は約束してくれた。
魔王軍本陣に一緒に突っ込んだり、王子様の退却に一役買ったり、吸血鬼のためになることをしたのが気に入られたようだ。
そして、ただの居候では心苦しいからと、冒険者ではなく、俺は彼女のために働くことにした。
その最初の仕事が彼女の配下となった元魔王軍の魔物たちの食料調達だった。あいにく、古城の周りは荒れ地なので食い物をよそから調達する必要があった。そこで実りの多い森に住むエルフの村に向かうことになった。エルフに頼んで、森の恵みを分けてもらおうというのだ。
俺だけでなく女剣士も付き合うと言い、俺たちを運んでくれる人狼の他にも、彼らを束ねる蛇将軍もついてくることになった。
「いや、別に俺たちに付き合わなくても」
俺は遠慮した。あの村長は気さくそうだったが、森の民であるエルフが交渉の場に、魔族の同席を認めるのか、いささか不安だった。
魔族を村に連れて来るなと追い返される可能性もある。
「なに、軍の責任者が出向くのが筋であろう」
「ん、まぁそうだが・・・」
迷う俺に彼女は蛇の下半身をからませてきた。
「お、おい・・・」
「ちゃんとわきまえておる、低姿勢でエルフに頭を下げればよいのだろ」
蛇の目は妖しく、俺を見据えた。
交渉の何たるかを理解しているようだ。
「分かった。本当に大人しくしててくれよ」
「大丈夫、大丈夫」
俺と女剣士は人狼の背に乗り、彼女はシュルシュルと蛇のごとき素早さで、人狼の足についてきた。
予想通り、エルフの長は目の前の来賓に複雑な表情を浮かべていた。まず、俺が食料が欲しいこととその理由を説明し、人狼が補足するように条件を提示した。
「我らに食べ物を分け与えていただければ、我が主の名に賭けてこの森を脅かす者からお守りします。聞けば、この森には木の実を食い荒らすオオネズミがいるとか。それらを一匹残らず、我らの配下にし、二度とこの森を荒らさぬようにします。いかがでしょう」
人狼が主から与えられた条件を出す。
「この森の魔物を一匹残らず駆逐してくれると?」
「はい、我々も兵力の補充にもなりますし、この森も穏やかになりましょう」
「本当にできるのかね。我々も長年オオネズミを駆逐しようとやって来たが、奴らは数匹残ればすぐ増える」
「ふん、まだ誰にも支配されていない下位の魔物ぐらい、我が眼力で一匹残らずこの森から引きずり出してやるぞ」
蛇将軍が自信ありげにニタリと笑う。
吸血鬼は、眷族の人狼に魔物狩りをやらせるつもりでいた。その条件で食べて物を分けてもらう予定だった。が、それには蛇将軍がノリノリで手伝うことになった。
「では、オオネズミをこの森から駆逐したら、食べ物の件、真剣に考えてもらぞ」
「あの、いっそ、あの辺りを豊かに森にしては、どうでしょうか」
「これ、大事な話の最中だぞ」
その場に見覚えのあるエルフの少女が割り込んできた。
「お久しぶりです、私、あれから森の力に目覚めまして」
俺たちと一緒に神の実を食ったエルフの少女が何かいたずらを思いついた子供のように笑っていた。
「この森の種を持っていけば、あの辺りを豊かな森にできますけど」
「これ、そのことはあまりに人に話すなと・・・」
どうやら長に口止めされていたらしいが、エルフの少女は顔馴染んである俺たちのために一肌脱いでくれるようだ。
「では、この森から魔物を一匹残らず駆逐したら、食べ物や豊かな森にしていただく件、真剣にお考え下さい」
俺やエルフの少女、女剣士と人狼は、魔物がエルフの村を誤って襲ったりしないように警戒したが、森にいた、下位の魔物のオオネズミ、オオザル、ゴブリンなど、すべて蛇の視線で服従させて、森から吸血鬼の古城へ誘導した。
本当に森から魔物の気配が消えたのでエルフの長は、俺たちの申し出を承諾した。
食べ物を分け与えないとせっかく追い出した魔物が森に戻って来るかもしれないという懸念もあったようだ。
蛇将軍は、満足していた。新たな魔物を軍団に加え、食べ物の心配も無くなったのだから。
俺たちと一緒にエルフの少女が付いてきて、持って来た種をパラパラと地面に撒くと本当にぐんぐんと草木が伸びて、古城の周りが新緑の美しい森になった。
エルフの少女が帰り、夜になって蛇将軍が吸血鬼に報告し終え、与えられた部屋にそれぞれ戻ろうとしたとき、吸血鬼は俺だけを呼び止めた。
「お前は、ここに残れ」
「え、俺?」
「アヤツを追い出す強力な毒が用意できたのでな」
「ん?」
俺は首を傾げたが、両腕の触手が何かを察したかのように震えだした。
そして、優雅にドアを開けて、真紅のドレス姿の女性が現れた。
「見つけましたわ、あなた」
美しい声が冷ややかに俺に向けられた。
「あなた?」
見知らぬ美女の言葉にキョトンと俺は首を傾げたが、触手がギュンと勝手に伸び、別のドアを開けて俺の身体ごと外に飛び出そうとした。
すると、赤い鞭が走った。
鞭ではない、触手だ。
赤いドレスの女性のスカート部分は実はすべて触手で、触手が束になってスカートのように見えていたのだ。
その伸ばされた触手が、俺の両腕の触手をしっかりとつかんでいた。
強い。俺の触手が、振りほどけなかった。
さらに、ブチッと俺の触手の一部が千切れて、蛇のように這って立ち去ろうとした。
「逃がしませんよ、あなた」
その千切れた紫の蛇も、赤い触手に捕まる。
俺は呆然としていたが、その紫の蛇を捕まえると彼女は、俺に頭を下げた。
「この度は地上の方々に我が夫がご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした」
「夫?」
「はい、地上では触手王と呼ばれていたとか、彼は私と一緒に深海を統べる魔族なのです」
「へ?」
驚く俺を見て、吸血鬼が満足そうに笑っていた。
「夫に妻という強力な毒は、他にあるまい」
「大変恥ずかしながら、我が夫は女癖が悪くて、あまりにも多くの人魚にいたずらするものですからきついおしおきをしたら、深海から地上に出てしまい、地上で好き放題だったようですね。本当に申し訳ありません。あなたも反省なさい」
彼女は捕まえた紫の蛇をキッとにらんでいた。すると、じたばたしていた紫の蛇がしゅんとなる。
「じゃ、あの、俺の腕は・・・」
寄生していた触手王の魂は俺から離れた様だが、腕は触手のままだった。
「もしかして俺の腕は、一生このままですか」
嫌な予感がした。
その赤いドレスの女性は、申し訳なさそうにしていた。
「ああ、その腕ですか・・・、ええと、タコという生き物はご存知でしょうか」
「タコ?」
「はい、タコは周りに合わせて身体の色を変えて擬態します。それに、触手は柔軟で、どんな形でもなれます。
人間の腕に擬態して使ってみては?」
「擬態?」
「ほら、見てください」
彼女は赤いドレスのような触手を一瞬で黒や白に変えた。
さらに、触手たちを人間の腕のような形に変化させた。
「うわぁ」
ちょっときもかったが、彼女のドレスのような無数の触手が肌色に代わり、人間の手に擬態化した。
それを見て、俺も挑戦してみた。ちょっと時間はかかりそうだが、肌色に人間の腕の形にできそうだった。
「元通りとはいかんが、どうやら何とかなりそうじゃな」
吸血姫がニコニコしていた。
「ありがとうございます。あの、お二人はお知り合いで?」
「伊達に長生きしておらんぞ、海と地上は神話の時代から、疎遠なので、連絡に時間がかかったが、触手王のことを教えてやったら、すっ飛んできたぞ」
「はい、本当に申し訳ありませんでした、お詫びに、近くの港に豊漁をお約束します」
旦那の触手王のことを伝えるついでに吸血姫は、近くの漁村に豊漁をもたらすことを約束させたようだ。
あとは、その漁村に魚を分けてもらえばいい。すでにその漁村の村長と話はついているかもしれないが。
とにかく、森の幸、海の幸と、この辺りは豊かさが約束されたようだ。



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