ヒーローだって人間です

木全伸治

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忘れられたヒーロー

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その老人は、自分の名前を忘れて、古い変身ベルトのおもちゃを腰につけて、カチャカチャとヒーローのポーズを決めることを繰り返していた。ボケて幼児退行しているらしく、とにかく、変身ポーズを繰り返し、時々、「奴らが来る、来るぞ、あと一回だけ変身させてくれ」と施設の介護士たちにすがることを毎日のように繰り返していた。
色々な老人を介護していると、その程度の事気にならなくなり、「さ、ベットで大人しくしていましょう」とか、「みんなでテレビでも見ませんか」とこちらも同じような対応を繰り返すようになった。
「真面目に聞いてくれ、本当に奴らが来るんだ、あと一回だけでいいから、儂を変身させてくれ」とあまりにもしつこいので、私はそのベルトに入るボタン電池を購入して、その変身ベルトの古い電池と取り換えてあげた。古いので、電池を取り換えても動かないかもしれないが、電池を取りかえたベルトを腰に巻きいつも通り変身ポーズを決める。すると、今まで無言だったベルトが喋り、お爺さんは颯爽と変身して驚く私たちを残して施設を飛び出していった。
午後のニュースで、山奥で大爆発があり、悪の組織が壊滅したらしいという報道があったが、変身ベルトを付けたお爺さんは悪の組織と最期をともにしたのか、それとも帰るべき施設の場所が分からなくなったのか、あの日から、施設から姿を消した。家族にも連絡が行ったようだが、こうなることが分かっていたのか、「お世話になりました」とお爺さんの遺留品を引き取って私たちに短く挨拶しただけだった。
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