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戦闘員の休日
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悪の組織の戦闘員にも休日はある。というより、ヒーローにぶつける次の新しい怪人が出来上がるまで待機なので、それまで必然的に暇なのである。
それに、あのマスクと全身タイツ状のスーツを脱いでしまうとただの人間と同じであり、休みはいる。俺だって、数か月前までただの学生で就職試験に落ちまくっていて、『学歴不問、休日多し』といううたい文句に釣られてあの組織に入った。悪の組織とは言ってもどこぞの過激派のようにテロで多くの何の罪もない民間人を虐殺する組織ではなく、せいぜい、子供たちにギャーギャー騒がれる程度の迷惑をかけるだけなので、俺は戦闘員を続けていた。
ちゃんと給料も出るし、拘束時間も週に一日程度の楽な仕事なのも悪くない。で、次の怪人が生まれるまで余裕があり、今日は給料も支給されたので俺は品川駅のホームで横浜方面の電車を待っていた。街をぶらりと歩き、ちょっと気になった飲食店に入るのが俺の休日の過ごし方だった。レンタルショップで昭和のヒーローもののDVDを借りて見まくることもやっていたが、今日は天気がいいのでひとり横浜方面に行くことに決めたのだ。渋谷や新宿や池袋方面は人が多すぎるので、俺は嫌いだった。特に高田馬場は安い飲み屋が多いが、騒ぐ学生たちが多くて、俺みたいに一人静かに食事を楽しみたいという人間には向かない。
さて、横浜と言っても広い、広いから客が少なくのんびりできる店屋をみつけることもできる。この前の休日はどの辺りをぶらついたっけと思い出しながら、今日はがっつり、どんぶり物が美味そうなお店を見つけたいなと、いろいろ考えていたとき、ふとホームで、ある女性と目が合い、俺はビクッとした。
「あの、なにか?」
「あ、いえ・・・、知り合いに似てたものですから」
やべぇ、ピンクだ・・・。
敵戦隊の一員の女性ヒーローだ。俺は何度か彼女の変身前を見ているから間違いない。そうか、俺たちザコ戦闘員が暇なように正義のヒーロー側も今日は暇なのか。敵が暇なら相手も暇、単純なことだが、まさか、こんなところで出くわすとは。
「ね、あなた、どこかで会ったことない」
「いえ、ないですよ」
「変ねぇ、なんとなく、どこかで会った気がするけど・・・」
そりゃま、ザコ戦闘員として、何度か、あんたには殴られてるからな。
戦闘員のマスクで素顔を見られてなくても、何度も近接戦をしているので、体格とか雰囲気をなんとなく覚えられているのだろう。
「ま、いいや、あんた、いま、暇?」
「え、ええまぁ、今日は休みで暇ですけど」
なんで正直に答えてしまったのだろうと俺は後悔したが、もう遅い。
「じゃ、これからあたしのおごりでカラオケに行こう」
「は?」
「女のひとりカラオケなんて、店員にかわいそうって目で見られるから、あんた付き合ってよ」
「え、ええ!?」
「なに? このあたしじゃ不満だと言いたいの?」
「いや、俺、あんたの敵だから」とはっきり言いたくなったが、そこは我慢して尋ね返した。
「なに、逆ナン?」
「そうよ、悪い」
「何かあったの?」
「ま、仕事仲間の男どもが無神経なのに嫌気がさしたの」
仕事仲間というとレッドやブルーたちのことか・・・、そういえば、あいつら、女性の扱いに慣れてるって感じじゃないもんな。顔はいいけど、悪い意味で童貞臭い感じだものな。
「分かった。じゃ、カラオケにお付き合いしましょう」
うまく親しくなれば、このピンクから何か情報を聞き出せるかも。
とりあえず、敵とはいえ、このまま見捨てるのはかわいそうな気がして俺は彼女のストレス発散のヒーローソング熱唱につきあった。
で、数日後、新たな怪人が誕生し、京急油壺マリンパークで敵ヒーローたちと戦闘になり、ザコ戦闘員の俺はいつものようにピンクに殴られていた。
俺たちが普通の恋人同士になるのは、俺の所属していた悪の組織がヒーローにより壊滅し無職となり、ヒーロー側も敵がいなくなって転職しようとお互い就活していたとき、企業の面接会場で再会した後だった。
それに、あのマスクと全身タイツ状のスーツを脱いでしまうとただの人間と同じであり、休みはいる。俺だって、数か月前までただの学生で就職試験に落ちまくっていて、『学歴不問、休日多し』といううたい文句に釣られてあの組織に入った。悪の組織とは言ってもどこぞの過激派のようにテロで多くの何の罪もない民間人を虐殺する組織ではなく、せいぜい、子供たちにギャーギャー騒がれる程度の迷惑をかけるだけなので、俺は戦闘員を続けていた。
ちゃんと給料も出るし、拘束時間も週に一日程度の楽な仕事なのも悪くない。で、次の怪人が生まれるまで余裕があり、今日は給料も支給されたので俺は品川駅のホームで横浜方面の電車を待っていた。街をぶらりと歩き、ちょっと気になった飲食店に入るのが俺の休日の過ごし方だった。レンタルショップで昭和のヒーローもののDVDを借りて見まくることもやっていたが、今日は天気がいいのでひとり横浜方面に行くことに決めたのだ。渋谷や新宿や池袋方面は人が多すぎるので、俺は嫌いだった。特に高田馬場は安い飲み屋が多いが、騒ぐ学生たちが多くて、俺みたいに一人静かに食事を楽しみたいという人間には向かない。
さて、横浜と言っても広い、広いから客が少なくのんびりできる店屋をみつけることもできる。この前の休日はどの辺りをぶらついたっけと思い出しながら、今日はがっつり、どんぶり物が美味そうなお店を見つけたいなと、いろいろ考えていたとき、ふとホームで、ある女性と目が合い、俺はビクッとした。
「あの、なにか?」
「あ、いえ・・・、知り合いに似てたものですから」
やべぇ、ピンクだ・・・。
敵戦隊の一員の女性ヒーローだ。俺は何度か彼女の変身前を見ているから間違いない。そうか、俺たちザコ戦闘員が暇なように正義のヒーロー側も今日は暇なのか。敵が暇なら相手も暇、単純なことだが、まさか、こんなところで出くわすとは。
「ね、あなた、どこかで会ったことない」
「いえ、ないですよ」
「変ねぇ、なんとなく、どこかで会った気がするけど・・・」
そりゃま、ザコ戦闘員として、何度か、あんたには殴られてるからな。
戦闘員のマスクで素顔を見られてなくても、何度も近接戦をしているので、体格とか雰囲気をなんとなく覚えられているのだろう。
「ま、いいや、あんた、いま、暇?」
「え、ええまぁ、今日は休みで暇ですけど」
なんで正直に答えてしまったのだろうと俺は後悔したが、もう遅い。
「じゃ、これからあたしのおごりでカラオケに行こう」
「は?」
「女のひとりカラオケなんて、店員にかわいそうって目で見られるから、あんた付き合ってよ」
「え、ええ!?」
「なに? このあたしじゃ不満だと言いたいの?」
「いや、俺、あんたの敵だから」とはっきり言いたくなったが、そこは我慢して尋ね返した。
「なに、逆ナン?」
「そうよ、悪い」
「何かあったの?」
「ま、仕事仲間の男どもが無神経なのに嫌気がさしたの」
仕事仲間というとレッドやブルーたちのことか・・・、そういえば、あいつら、女性の扱いに慣れてるって感じじゃないもんな。顔はいいけど、悪い意味で童貞臭い感じだものな。
「分かった。じゃ、カラオケにお付き合いしましょう」
うまく親しくなれば、このピンクから何か情報を聞き出せるかも。
とりあえず、敵とはいえ、このまま見捨てるのはかわいそうな気がして俺は彼女のストレス発散のヒーローソング熱唱につきあった。
で、数日後、新たな怪人が誕生し、京急油壺マリンパークで敵ヒーローたちと戦闘になり、ザコ戦闘員の俺はいつものようにピンクに殴られていた。
俺たちが普通の恋人同士になるのは、俺の所属していた悪の組織がヒーローにより壊滅し無職となり、ヒーロー側も敵がいなくなって転職しようとお互い就活していたとき、企業の面接会場で再会した後だった。
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