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箱庭都市
しおりを挟む恋愛感情が分からない。
だけども、彼らは大切だ。
それで、いいのだろうか。
「いいと思いますよ」
ジゼルに問いかけると彼女は笑った。
「でも、あんまり私にばかり構わないほうがいいですよ、貴方はもう結婚してるのですから」
「うん、そうだね。でも相談できる相手が……」
「セバスさんがいいでしょう」
「わかりました、そうします」
とジゼルさんに頭を下げてから屋敷へと戻る。
「セバスさん、ちょっと相談したいのですが……」
「私でよければ何なりと」
セバスさんがそういうのでジゼルと同じように聞くことにした。
「私、皆さんからの恋愛感情に大切だとしか返せないんですよ。それでもいいんですか?」
セバスさんはきょとんとしてからくすくすと笑った。
「そんな事で悩んでいらっしゃったのですか」
「そんな事とは失礼な」
「これは失礼」
セバスさんはごほんと咳をして、私を見た。
「アトリア様は皆様を大切に思っていらっしゃる、それは家族のように、ですね」
「ええ」
「なら、それでいいんですよ」
「それでいい?」
「皆様を家族として大切にしているのであれば、それは恋愛感情以上に尊いものです」
「……尊い、もの」
「アトリア様、どうか幸せにおなり下さい」
「……はい……」
恋愛感情以上に尊い物、それはどんなものなのだろう。
この気持ちはそういう物なのだろうか。
自分ではよく分からないけど、他人が言うならそうなのだろう。
そして長期休暇が終わり、講義が、学園が再開した。
休みの間に、私がバロウズ公爵の養子になっていた事が公表されていたらしく、他の学生はバロウズ公爵はどんな人だと聞いてきた。
ので私は──
「噂とは少々違う方でしたよ」
とだけ話した。
嘘は言っていない。
「アトリア様」
「セバスさん、何でしょう?」
「王宮から伴侶教育を受けて欲しいと要望が」
「あー……」
だよなぁ、アルフォンス殿下の伴侶になったんだから。
この伴侶教育って、妃教育みたいなもんだよな。
私はそう思いながらセバスさんと、他の侍女と教師のような女性に伴侶教育を受けることになった。
講義が終わったら図書館で読書をする時間が無くなったのは仕方ないが、私がアルフォンス殿下──王太子の伴侶になるのだから仕方ない。
ただ、正直色々と大変だった。
ダンスのレッスンやら、公務についてやら、色々と教育内容がわかれていて大変だった。
次期国王の伴侶たるもの──とかまぁ色々、ちょっとげんなりした。
「結構きついですね」
「申し訳ないです」
アルフォンス殿下に思わず愚痴る。
「私の伴侶になったばかりに……」
「まぁ、皆さんの伴侶になった時点で色々あるだろうとは思ってましたが、これはきつい」
「アトリア、きついなら無理せず休めばいいのよ?」
ミスティが言うが私は首を振る。
「いえ、だって義務ですか──」
ばんと扉が開け放たれる音がした。
セバスさんが背筋を伸ばし、そして頭を下げる。
アルフォンス殿下以外が頭を下げた。
私も反射的に頭を下げる。
「私の義理の息子であり、次期国王であるアルフォンスの伴侶、アトリア・バロウズ」
あれ王妃様ってこんな感じだったっけ?
「は、はい」
「顔を上げなさい」
恐る恐る顔を上げると、黒い髪に赤い目の美丈夫が経っていた。
その女性はふっと笑うと私の頬をむにむにし始めた。
「聞いたぞ、伴侶教育で無理をしていると。無理をさせている教師には私が注意をしておいた」
「で、ですが王妃様……」
その女性──現王妃様は笑う。
「伴侶教育など今無理にする必要はない、夫を叱っておいた、今は学生を楽しみ、卒業後でも大丈夫だろう、とな」
口調は王妃様とは言いがたいが、優しい内容の言葉にじんわりと涙が滲んできた。
無理をするのは好きじゃ無い。
「アルフォンス」
「は、はい義母上。」
「大事な伴侶が無理してるのに、それに甘えるとはどういう事だお前!」
とアルフォンス殿下を説教しはじめた。
「全く、お前と夫は本当に駄目な所はそっくりだ!」
「う、うぐ……」
「お前の母は無理をし続けて死んだのを忘れたか⁈ 私が言っても聞かない彼女だったから仕方ないが、それの二の舞にさせたいのか⁈」
「いいえ、誓って!」
「なら、お前が伴侶たる彼を守らねばならないだろう!」
「はい!」
「分かったらすることは⁈」
「父上と教育担当の者に直訴します!」
「よろしい、私もやってきたが、息子の言葉があった方がいい、さあ行ってこい!」
「はい!」
「あと、あまりバロウズ家の者を苦しめると、何が起こるか分からんぞとも言っておけ、夫もバロウズ家の者達は恐れているからな」
──そんなに?──
そんな風に見えなかった。
アルフォンス殿下は急ぎ足で屋敷を出て行った。
「バロウズ公爵家の方はそれほど影響力があるのですか?」
「公爵という位置に居るが本来ならば大公と呼ばれるべき立場の存在だ、公爵を名乗ってるのにすぎん。吸血鬼至上主義の者達はともかく、今のバロウズ公爵は恐ろしい存在だとも、身内に怪我をさせたら何をしでかすか分かった物では無い」
「それほど、なのですか?」
「隠居した曾祖父は大戦で凄まじい戦歴をあげた、そして今の代のバロウズ公爵も大戦が起きたとき凄まじい戦歴をあげた、戦鬼とはまさにあれのことを言うのであろう」
「うわぁ」
今更ながらとんでもない方の養子になっちゃったと思い始める私。
「まぁ、身内には甘いからな、わりと。吸血鬼至上主義になった馬鹿共はともかく」
「あー、そういえばバロウズ公爵様、吸血鬼至上主義の祖父母と父母の事を国王陛下に報告して処刑させてそれで自分が公爵の地位に就いたっていってましたもんね」
「一人っ子だったしな、まさか自分の息子が自分を処刑するように仕向けるとは思わないだろう連中も」
「……そうですね」
「彼奴は身内でも馬鹿には冷酷だぞ」
「あの、良くしていただいたし、お子様達に至っては反抗期だったのですが……」
「ああ、そういう馬鹿じゃなくてな、他者を自分の気分で、無辜の民を害なすような愚か者には厳しいというだけだ」
「……あの、私」
「お前は復讐心を持っている、それは知ってる、向こうも」
王妃様は淡々とおっしゃられる。
「だが、復讐相手は再起不能になり、お前はそれで終わりとした。自分が手を下していないのにもかかわらず」
「……」
「向こうが贖罪を込めて死のうとした時には助けたとまで聞いた、お前は根っからの──」
「善性なのだろうよ」
「そんなこと……ありません」
私は否定する。
今も苦しんでいるであろう、奴の事を考えると少しすっきりする。
そのくらい、復讐心はまだあるのだ。
私なんかを救おうとして命知らずの行いをした奴が、結果苦しむ生を残されていることが私の救いなのだ。
私は根っからの復讐者なのだ。
善性ではない。
そう、だから時折思ってしまう。
彼らに、本当に私はふさわしいのかと──
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