ヒーローだって人間です

木全伸治

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異世界

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「誰か助けてくれ」と日本語で刻んだ木の板を首から下げて俺は町中を歩いたが、聞こえてくる住民の会話や目にする文字らしきものは英語でもフランス語でもなく、全く見たことも聞いたこともないものばかりだった。少なくとも和風のものはない。
とりあえず、俺は日本語の分かる同じ世界から来た人から見つけてもらうために、その木の板を常に下げて行動し、言葉が通じなくても働けそうな船の荷下しの力仕事を身振り手振りで得て、当座の生活費を稼ぎつつ、その日本語を刻んだ木の板を一日中下げて行動していたが、他の日本人を見つける前に俺がこの世界の日常会話を理解する方が早かった。挨拶の言葉や数字など、とにかく分かるところから覚えて、あとは身振り、手ぶりで捕捉しながらなんとかコミニケーションを取った。ちゃんとコミニケーションが取れなければ野垂れ死にするだろうと俺は必死だった。
どこかのラノベみたいに、いきなり異世界に来て、その世界の住人と平然と会話できるなんてのは、本当は能天気な夢物語なのだろう。もし、異世界に飛ばされたら、そこに人類に似た知的生命体がいる可能性や人間の生存できる環境がある確率は、高くないはずだ。こうして息ができ、人間と似た人々が生活する街に来れたのは、言葉や文字が通じなくても超幸運なのだろう。
そうして月日が流れていくうちに、俺は元の世界で覚えていた算数や化学の知識などを使い、その世界で、のし上がっていき、魔族や魔物と人間との争いの中で勇者と呼ばれる程度に出世していったが、勇者と呼ばれるようになっても俺は、あの「誰か助けてくれ」と刻んだ木の板をお守りのように今でも持っていた。が、結局、死ぬまで、その文字に反応した者はいなかった。
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