ヒーローだって人間です

木全伸治

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私立探偵

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私立探偵と言えば小説や映画ではかっこよく活躍するが、興信所と言い換えると途端に聞こえが悪くなる。ま,私立探偵が殺人事件に出くわす可能性は現実的には,かなり低い。
殺人事件が交通事故並みに頻繁に起きているなら話は別だが、世間はつい弾みで殺してしまったという殺人ばかりで,小説や映画みたいに私立探偵が活躍する密室殺人は現実にはあり得ない。
俺が私立探偵を始めたきっかけは興信所のバイトで浮気調査のための尾行を経験し、わりといいバイト代が入ったからで、ハードボイルドは始めから期待していない。実際,私立探偵として開業してからの仕事は、浮気調査や婚約者の素行調査や会社の金を横領してそうな社員の素行調査などばかりで、今回も奥さんからの依頼でご主人の浮気調査を行った。
「結論から言いますと,ご主人は浮気されていません。これがこの三ヶ月のご主人の行動調査の資料です」
俺は,依頼主と喫茶店で待ち合わせ、その喫茶店のテーブルに向かい合わせに座っている奥さんに資料の入った茶色い封筒を渡した。
奥さんはそれを受け取ると、自分の目で中の資料の確認を始めた。調査中に隠し撮りした写真も数百枚ほど入っていた。文字資料より、写真の方が説得力があるので、たくさん撮ってある。真面目に仕事中のご主人を隠し撮りした写真や,夜、部下の男性社員と飲んでいる写真など、奥さん以外の女性と会っている写真は一枚もない。
俺は注文したコーヒーを飲みながら,奥さんが資料に目を通すのを待った。
「本当にあの人が浮気してないっていうの?」
何だか信じられないという風に奥さんが口を開く。
「はい。少なくとも、私どもの調査では何も出てきませんでした」
「そんなはずないわ。きっと浮気してる」
「その根拠は何です」
「女の勘よ」
「勘ですか」
「ええ、そう。これじゃ慰謝料が取れないじゃない」
「慰謝料目当ての浮気調査ですか」
「そうよ、悪い?」
「いいえ、それなら、ご主人にハニートラップを仕掛けることをお勧めします」
「ハニートラップ? 浮気する女を用意するってこと?」
「はい、こちらも、その手の相談はよく受けるので」
世の中,ヒーロー気取りではメシは食えない。
俺は冷めかけたコーヒーを一気に飲み干す。
「奥さん。煙草、いいですか」
「ええ、どうぞ」
俺は煙草に火をつけ一服すると,ハニートラップの相場や手口の説明を始めた。
あれから5年後。
うまく夫をハニートラップにはめてたっぷり慰謝料を受け取って再婚したあの女性から再び依頼があった。今度は、初めから再婚相手の夫にハニートラップを仕掛けて欲しいという依頼だった。
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