ヒーローだって人間です

木全伸治

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覆面レスラー

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プロレスはかつて、テレビで毎週全国放送されるほどの人気があった時代がある。
だが、現在は、そんな面影はなく、各地方の団体が細々と興業を続けているだけだった。だから、予算の都合、客席の設営からお客の呼び込みまで自分たちでやるところが多い。場合によっては駅前で突発的にパフォーマンスをしてなんとか人々の注目を集めようとすることもある。
その日も、社長が何とか格安で公民館を借りての興業だったが、お客の入りは今一つだった。
「うち、もうだめかもな」
試合を終えて花道から控室に戻ってきた先輩レスラーがため息をつく。
「俺も、そろそろ、移籍するかな」
人気のあるレスラーが他の団体に移籍するのは、最近では珍しくない。だから、団体の垣根を超えた試合も多い。
「本気ですか、先輩」
一番の新人である彼が、サッと試合後の水分補給のドリンクと新しいタオルを渡す。
「だって、しょうがねぇだろ、こう見えて俺は結婚して子供もいるんだ。うちの会社への義理より子供の学費を稼ぐのが優先だ」
「はぁ・・・」
「ん、それよりお前、マスクは?」
「あ、ええとこの間の巡業先で無くしちゃったみたいで。今日はマスクなしで行こうかと」
「いいのかよ」
「もう芸能界を引退して一年以上になりますし、今さら顔出ししても。それに、かつての有名俳優がプロレスラーに転向というのがうわさになれば、うちも多少は客入りがよくなるかと」
「お前・・・」
「じゃ、次、俺なんで行ってきます」
「お、おお、頑張れよ」
「ちぇ、移籍しずらくなっちまったな」
先輩レスラーは苦笑しながら、そのもと俳優レスラーの背中を見送った。
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