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カレーとコーヒー
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その奇妙な店は、メニューがカレーとコーヒーしかなかった。店内の装飾も昭和の喫茶店で、あまり、見た目から流行っていないと感じられる店だった。
そんな店で俺は皿洗いをしていた。カレーの汚れは意外と落ちにくい。丁寧に洗剤を染み込ませたスポンジで皿を拭く。この店に食器乾燥機はない。さっと洗剤の泡を水で流し、食器乾燥棚に並べて、自然乾燥だ。
それほど客は来ないので、急かされることはなく、楽なのだが、それでも、昼飯時は、忙しい。
ヒーローなのに何やってるんだろ、世界の平和を守るため戦っている俺が皿洗いのバイトかよ。
正直、内心で、何度かため息をつく。だが、ここの店のマスターは俺がヒーローをやっているのを知っていて、急に休んだり仕事中抜けるのを容認してくれていた。これはありがたい。世界を守るヒーローをやっているからと言って、これほど、好待遇な職場はない。異星人、異世界人など、その他、諸々の謎の組織と戦っていると言っても、政府が信じて、支援してくれることはない。
皿洗いでも雇ってくれて、こちらの融通を聞いてくれる。これほどありがたい職場はないだろう。だから、せめて遅刻はしないように毎日頑張っていた。だが、その日は敵がしつこく、ま、毎回やられてばかりで、何の工夫もしないバカではないらしく、こちらの攻撃を冷静に分析して、対抗策を怪人に施した敵だった。それでも頑張って、遅刻は十分程度に抑えた。
カランコロンとドアベルを鳴らして、店内に飛び込む。
「遅くなりました。すみません」
と、カウンターに向かって頭を下げる。が、マスターはいない。代わりに店の常連の中村さんがエプロンをつけカウンター内にいた。
「あれ、マスターは?」
「ああ、おやっさんなら、急用で出て行った。知り合いに不幸があったとかで、だから、俺が留守番を頼まれたってわけだ」
「あ、すみません、すぐ代わります」
「あ、あせらずゆっくり着替えて来い、どうせ、敵と戦ってきたばかりで疲れてるんだろ」
「え?」
「俺も、ここのバイト経験者で、元ヒーローなんだ」
「あ、そうなんですか。じゃ、先輩・・・」
「そういうこと。だから遠慮なく、ゆっくり着替えて来い」
「じゃ、すみません。お店、しばらく、ひとりでお願いします」
俺は、店の奥の更衣室に向かい、店の制服に着替えて、中村さんと二人でカウンターに並んだ。
「あの、もしかして最初から、俺がヒーローだって気づいてました?」
「ま、ここはヒーロー御用達の店だからな」
「あ、やっぱり」
俺だって、常連客同士の会話や雰囲気などで、なんとなく気づいていた。
「もしかして、マスターも元ヒーローで、戦いに?」
「いやいや、あのひと、現役を離れて久しいから、それはないね」
「じゃ・・・」
「ま、そう心配するな。マスターが現役だったのは昭和だ。その頃の敵がまだ残っている可能性は低い。もし残っていたときや復活したときには、喜んでおやっさんに手を貸せばいい」
「はぁ・・・」
「あの人も、いい歳だから、昔の仲間が病死とか老衰とか、そんなところじゃないか」
「マスターとの付き合い、長いんですか」
「ん、ま、君と同じくらいの新米だった頃から、ここでバイトやってたな。もともと、ここの店はヒーローを支援していた一般人の店で、そのひとが年を食って引退したので今のマスターが継いだって聞いてる。メニューがカレーとコーヒーしかないのは、その方が経費が掛からないし、いざというとき、他に任せやすいからだ」
「俺みたいな新米ヒーローが働きやすいように、ですか」
「ま、そういうことだ」
カランコロンと店のドアが開く
「いらっしゃいませ・・・マスター!?」
反射的に挨拶しかけ、傷だらけのマスターが店内に。俺は慌てて駆け寄った。
「マスター、大丈夫ですか」
「ちょっと、昔の知り合いに遭遇して喧嘩になってね」
見た目の出血はひどいが、返事ができないほど衰弱しているわけではないようだ。
「中村さん、マスターをお願いします。俺、行ってきます」
「おお、行ってこい、現役」
俺は店の外に飛び出した瞬間に変身していた。
外には、戦闘員を従えたマスターを襲ったらしい怪人どもがいた。
どうやら、中村さんが言っていた可能性が低い昭和の悪の組織の復活ということが起きたようだ。
「さて、こっからはヒーロータイムだ」
俺はザッと構えて、彼らとの戦闘に突入した。やはり、皿洗いより、こっちの方がいい。
そんな店で俺は皿洗いをしていた。カレーの汚れは意外と落ちにくい。丁寧に洗剤を染み込ませたスポンジで皿を拭く。この店に食器乾燥機はない。さっと洗剤の泡を水で流し、食器乾燥棚に並べて、自然乾燥だ。
それほど客は来ないので、急かされることはなく、楽なのだが、それでも、昼飯時は、忙しい。
ヒーローなのに何やってるんだろ、世界の平和を守るため戦っている俺が皿洗いのバイトかよ。
正直、内心で、何度かため息をつく。だが、ここの店のマスターは俺がヒーローをやっているのを知っていて、急に休んだり仕事中抜けるのを容認してくれていた。これはありがたい。世界を守るヒーローをやっているからと言って、これほど、好待遇な職場はない。異星人、異世界人など、その他、諸々の謎の組織と戦っていると言っても、政府が信じて、支援してくれることはない。
皿洗いでも雇ってくれて、こちらの融通を聞いてくれる。これほどありがたい職場はないだろう。だから、せめて遅刻はしないように毎日頑張っていた。だが、その日は敵がしつこく、ま、毎回やられてばかりで、何の工夫もしないバカではないらしく、こちらの攻撃を冷静に分析して、対抗策を怪人に施した敵だった。それでも頑張って、遅刻は十分程度に抑えた。
カランコロンとドアベルを鳴らして、店内に飛び込む。
「遅くなりました。すみません」
と、カウンターに向かって頭を下げる。が、マスターはいない。代わりに店の常連の中村さんがエプロンをつけカウンター内にいた。
「あれ、マスターは?」
「ああ、おやっさんなら、急用で出て行った。知り合いに不幸があったとかで、だから、俺が留守番を頼まれたってわけだ」
「あ、すみません、すぐ代わります」
「あ、あせらずゆっくり着替えて来い、どうせ、敵と戦ってきたばかりで疲れてるんだろ」
「え?」
「俺も、ここのバイト経験者で、元ヒーローなんだ」
「あ、そうなんですか。じゃ、先輩・・・」
「そういうこと。だから遠慮なく、ゆっくり着替えて来い」
「じゃ、すみません。お店、しばらく、ひとりでお願いします」
俺は、店の奥の更衣室に向かい、店の制服に着替えて、中村さんと二人でカウンターに並んだ。
「あの、もしかして最初から、俺がヒーローだって気づいてました?」
「ま、ここはヒーロー御用達の店だからな」
「あ、やっぱり」
俺だって、常連客同士の会話や雰囲気などで、なんとなく気づいていた。
「もしかして、マスターも元ヒーローで、戦いに?」
「いやいや、あのひと、現役を離れて久しいから、それはないね」
「じゃ・・・」
「ま、そう心配するな。マスターが現役だったのは昭和だ。その頃の敵がまだ残っている可能性は低い。もし残っていたときや復活したときには、喜んでおやっさんに手を貸せばいい」
「はぁ・・・」
「あの人も、いい歳だから、昔の仲間が病死とか老衰とか、そんなところじゃないか」
「マスターとの付き合い、長いんですか」
「ん、ま、君と同じくらいの新米だった頃から、ここでバイトやってたな。もともと、ここの店はヒーローを支援していた一般人の店で、そのひとが年を食って引退したので今のマスターが継いだって聞いてる。メニューがカレーとコーヒーしかないのは、その方が経費が掛からないし、いざというとき、他に任せやすいからだ」
「俺みたいな新米ヒーローが働きやすいように、ですか」
「ま、そういうことだ」
カランコロンと店のドアが開く
「いらっしゃいませ・・・マスター!?」
反射的に挨拶しかけ、傷だらけのマスターが店内に。俺は慌てて駆け寄った。
「マスター、大丈夫ですか」
「ちょっと、昔の知り合いに遭遇して喧嘩になってね」
見た目の出血はひどいが、返事ができないほど衰弱しているわけではないようだ。
「中村さん、マスターをお願いします。俺、行ってきます」
「おお、行ってこい、現役」
俺は店の外に飛び出した瞬間に変身していた。
外には、戦闘員を従えたマスターを襲ったらしい怪人どもがいた。
どうやら、中村さんが言っていた可能性が低い昭和の悪の組織の復活ということが起きたようだ。
「さて、こっからはヒーロータイムだ」
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