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軍議

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帝国との再戦が海戦から始まるとは思わなかった。
事前に皇女や軍師から帝国には恐れるほどの軍船はないと聞いていたし、順調に帝国の商船を沈めているという報告を半魚人の王から受けていた。実際、小さな軍師が人間界に残してきた情報網からも、帝国の船が次々と沈没しているという報告はあったが、帝国が大船団を派遣して半魚人の王を苦しめているという情報は聞いていなかった。
人間界と魔界に門を作るには、入口と出口の2つの門が必要になる。まず、魔界の海に門を沈め、小さな軍師の手引きで、人間界の海にもう一つ門を沈め、魔法使いが魔法で2つの世界の海をつなげて、それを使って海の王に帝国の商船を襲うように依頼した。
通商破壊だ。海路は物流の要であり、こちらが人間界に逆侵攻をかけたときに、少しでも帝国の力をそいでおきたかったからだ。人魚に言われるまで、それは順調に進んでいると思っていた。だが、その新しい門は小さく、俺とやり合ったあのクラーケンはこっちに残っているらしく、人間側が本気になって軍船を出し、彼らを狩り始めて旗色が悪くなっているらしい。
赤備えたちの訓練を切り上げて呼び出された軍師は、その人魚からの報告に眉をひそめていた。
「帝国には、それほどの軍艦はなかったはず」
その軍議には、裏切り将軍と皇女救出の手配をした今は赤備えの元帝国の将兵らも出席して、議論していた。
「もしかして、帝国軍ではなく、北方の国々の船団かも」
「ああ、確かに、あのケチな皇帝が海軍を増強するとは思えないし、北方の国々に派兵を依頼したのかも、海路の維持は彼らにとっても死活問題。それを守るため、帝国に恩を売る好機として兵を出したのかも」
「北方の国々とは」
人間界に疎い俺が元帝国の将兵らに聞く。
「冬が長くて夏が短いため農作物が育ちにくく帝国と交易して何とかやっている北の国々のことです。彼らは夏でも農作に向かない荒れ地が多くて海岸に港を作り漁で生計を立てている者が多く、また人間界の海賊の大半が彼らではないかと聞いています」
「つまり、農地が貧しい国だから、海賊や漁で凌いでいて、こちらの仕掛けた通商破壊が、彼らを苦しめることになって、彼らが航路を守るため船を出したのではないかと」
「ほぉ・・・」
 貧しい国では、海賊と海軍の見分けがつかないということも珍しいことではない。海賊が国の正式な海軍になるということも歴史的には不思議なことではない。そういう連中が、人間界で暴れる半魚人の王を共通の敵と認識して、まとまって動き出したということか。魔界に侵攻してきたときも、帝国だけではなく、皇帝は魔族を人間の敵として周辺の国々を扇動して攻めてきた。
半魚人の王が、魔王である俺と盟友で、実は魔界の魔族だとばれているかどうかわからないが、魔物はすべて人間の敵という共通認識で、いま彼らはまとまって半魚人の王と戦っているのだろう。
「北方の者たちにとって、海が生活の場、海での戦いにも慣れているのでしょう」
「それで海の王は苦戦してると」
帝国だけを苦しめたかったが、そう都合よくはいかないということらしい。
「で、軍師殿、どうすればいいと思う?」
「魔界の半魚人の王にとって人間界の海は不慣れなはず、直ちに援軍を送らないと全滅の可能性もあります」
軍師が厳しい見立てをする。だが実際、魔界に人間たちが団結して攻め込んできたとき、こちらは魔王城まで落とされ、逆に俺が魔界をまとめて辛うじて人間を追い返した。自慢ではないが、俺が魔界を救ったと言っても過言ではないだろう。とにかく、まとまった人間を侮るのは危険だ。魔王が倒れて、俺が新しい魔王になった。半魚人の王が絶対倒されないという保証もない。
「即、援軍か、けど、援軍の要請もないのにこっちが勝手に出張ったら海の王に激怒されて、状況が悪くなったりしないか?」
ふとあのいかつい半魚人の顔が浮かんで、俺は同席していた人魚を見た。
「はい、わが王は気位が高いので、援軍を送られたら、確かに怒るでしょう。ですがそこは、魔王様が、ガツンとぶん殴ればよろしかと。下手に諭そうとするより、拳で一発の方がいいかと」
「なるほど、肉体言語か。ま、それが魔界の流儀で、正しいんだろうな」
俺は軍議に参加していた吸血鬼の姫やデュラハンらにも意見を求めるように見た。
「そうですね、そこの人魚の言う通り、文句を言われたら、陛下がご自慢の触手でぶん殴ればいいと思いますよ」
吸血鬼の姫もそう言って笑っていた。
なるほど、やはり、それが一番か。俺も魔王の座について、それなりに魔界の流儀は理解してる。
「よし、では、援軍に俺が向かおう」
「陛下自ら出陣ですか?」
「ああ、残念だが、うちで、他に海で戦えそうなの、いないだろ? それに、人間界へ攻め込む前に俺の触手が人間界の海でどこまで使えるのか、試してみたい。一応、人間界への侵攻は陸路の予定だが、海での戦いも試しておきたいんだ。塩分濃度が違っていて、人間界の海では、上手く泳げないという間抜けなことをしたくないからね。行って確かめてみたいんだ」
「・・・陛下がご自身の実力を試したいというのなら、止めません。ですが、いざとなったら海の王を見捨てて逃げ帰ってきてください。今、魔王軍をまとめているのは陛下です。その陛下がいなくなれば烏合の衆ということを肝に銘じておいてください」
軍師が厳しい顔をして言った。確かに俺がいなくなったら、人間界への逆侵攻どころではないだろう。
「分かった。無理せず、半魚人の王を助けて、帰ってこよう。それでいいかな?」
「了解しました。それとその間の魔王陛下の不在は、ここにいる者だけの秘密ということで、よろしいですか」
軍師が、そこにいる者たちを、見渡して念を押すように言った。
そうして、俺は案内として海の王の苦戦を伝えた人魚を一人だけ連れて、人間界の海に向かうことにした。
夜遅く、吸血鬼の姫に俺はしがみつき、俺の触手に人魚をぶら下げて、魔界の海へと向かった。
人間界の海、どんなところだろうか。少し、ワクワクしていた。
人間に殺されるかもという恐怖はなかった。
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