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匂袋

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二股のクロは猫に戻る術を覚えたが、私のそばにいたがり、人の姿で薬作りを手伝ったり、夜になると猫の姿で一緒に寝るようになった。人に化けられるようになっても中身は猫のままのようで、魚を生で平気で食べようとしたり、人の姿のままで屋根に上って日当たりのよい場所でごろんと昼寝をしたりした。
人間に化けられ、人語を話せても、急に知性までは上がらないようだが、猫なんだからしょうがないと好きにさせていた。猫は人に懐くが、その気まぐれさまで、飼いならすことは不可能だろう。人の思い通りにならないのが、猫のかわいらしさの一部だ。犬のように賢く従順にならないから、猫が好きという人は多いだろう。
それに、クロばかりに構っていられないほどに匂袋の注文が相次いだ。王妃から、王宮中の人間に持たせるつもりか、大量の注文が届いた時には、時読みたちにも手伝わせて、必死に作った。
時読みの屋敷が、ちょっと薬臭くなったのは、申し訳ないが、あの王妃の頼みを無下にできず、私たちは必死に作った。
匂袋の配布が確実にキツネたちへの嫌がらせになっている実感はあった。が、親玉である九尾や灰色の居場所は未だに分からない。ネズミを追っていたらキツネが出た。灰色と九尾が手を組んでいると考えた方が自然だろう。国を乱す化けキツネに、疫病をばらまいて人々に恐怖を与え、支配しようとした灰色。もしかしたら、自分たちを崇めれば助けてやるという感じでこの国を支配する気だったのかもしれない。化けキツネと魔女、気が合いそうではある。
手を組んで仕掛けて来ている可能性は高い。
しかし、向こうが警戒して姿を隠しているのは明らかだ。手下のキツネをあぶりだしてはいるが、肝心の親玉を仕留めなければならない。
匂袋を作りながらあれこれ考える。コソコソ隠れるということは、見つかったらやばいと相手が考えているわけで、こちらを恐れているなら、私が倒せない相手ではないということでもある。
問題は、狡猾に慎重に巣穴に隠れている奴らを引きずり出す方法だ。
佐助は悠長に待たず。キツネっぼいという女がいれば、匂袋をその寝室に放り込み、正体を暴いて生け捕りにした。

佐助は、生け捕りにしたキツネたちを時読みの屋敷の裏に作った檻に放り込んだ。
「これが、人に化けてたキツネ? 見た目は普通じゃない」
もう十匹ぐらいいるだろうか、私が檻を覗き込むと隅の方で固まっていたが、人間に化けていたという怪しいところはどこにもなかった。
「ま、こいつらは、一尾の雑魚だ。大した妖力はない」
「なぜ、生け捕りにしたの? 拷問でもして親玉の居所を聞き出すつもり?」
「いや、生かしておけば、仲間が助けに来るだろうと思って生け捕りにしたのさ」
「人質ってわけ? あんた、性格悪くない?」
「いやいや、見つけたらすぐ殺す方が残酷だろ? こうして生かして捕えてここに集めておけば、九尾自ら助けに来るかもしれん」
「あんたって、そういう性格だったの?」
「いやいや、正々堂々とか、武士道とかは忍者にはない。卑怯でも、確実に任務をこなして生き残るのが、一流の忍者ってやつさ」
「でも、ここにこんなに集めたら、時読みの迷惑になりそうなんだけど?」
「迷惑? 二人も魔女のいる屋敷に敵を誘い込むのは、すげぇいい案だと思ったんですけど? じゃ、迷惑をかけないように、今すぐ始末しますか?」
私たちの会話が聞こえたのか狐たちは、怯えた目を私たちに向けた。
「そうね、殺して毛皮を剥いだ方が、利口かしら」
私はキツネたちに向って言った。
「あんたたちの親玉の、灰色の魔女か九尾の狐ってやつの居場所を教えてくれたら、あんたたちを逃がしてあげてもいいわよ」
檻の中のキツネがガサガサ騒いだが、すぐに静かになり沈黙した。どうやら、黙秘する気らしい。
「やっぱり、こいつらを囮にして誘い出すしかないみたいね」
卑怯だと分かっているが、向こうが堂々と出てこないのだから、仕方がない。
「いっそ、一日ごとに一匹づづ殺していく?」
「それはいい案ですね、全員見殺しにするか、何匹目で助けに出て来るか、賭けてみますか」
忍の佐助も、悪乗りするように笑っていた。
「一匹も殺させる気はないから」
急な声に振り返ると、派手な着物を肌の露出を上げるように着崩した女が立っていた。
「悪いけど、一匹残らず返してもらうわよ?」
「やっと取り返しに来たか!」
佐助が、バッとクナイを手に身構える
「あんたが、もしかして、噂の九尾?」
「この程度のことで、母が出てくるわけないでしょ」
「あら、娘なの?」
「日ノ本を追われて、こっちに逃げて来るまでの間に母が子を産んでいただけ、こう見えても三尾で、そこで睨んでいる二又よりも格上よ」
気が付くと、私のそばに急いで駆けつけて来たのか、両腕を地面につけて猫のように四つ足になって「フー」と唸るクロがいた。
「大丈夫、三尾だろうが、たかがキツネに私が負けると?」
私は落ち着かせるようにクロの頭を撫でた。
「たかがキツネとは、舐めてくれるじゃない。そっちこそ、薬作りが得意なだけじゃない」
「あら、薬作りが得意ってことは知ってくれてるのね。なら、匂いは一切なくて、相手の平衡感覚を狂わせる薬があるって知ってる?」
「な? あっ」
三尾の身体が酔っ払いのようにふらりとよろけて、数歩動いたと思った瞬間、彼女は落とし穴にどさりと落ちていた。
「落とし穴?」
事前に聞かされていなかった佐助が驚く。
「読み通りの場所に現れてくれて、助かったわ」
隠れていた時読みが、いたずらが見事に決まったという顔をして出てきた。
「ふふふ、時読みの落とし穴に私の麻痺薬。いいコンボでしょ」
私は穴に落ちた三尾を見下ろしていた。
「あなたがここに現れるのは時読みが知ってたの、あとは落とし穴から飛び出して逃げ出されないように私が麻痺薬を撒いたのよ。どう、ただ薬造りが得意ってのもいいでしょ? もう、まともに動けないでしょ?」
穴の底で這い上ろうとあがいていたが、身体がふらつくのか、すぐに諦めて蹲った。
「すべて、読まれていたのか。畜生、こ、殺せ! これでは母上に顔向けできん」
「大丈夫、殺さないわよ。あなたにはあなたの母親をおびき出す餌になってもらうから」
「俺に内緒で落とし穴って、魔女の方が忍者よりすっごく性格悪くないですか」
佐助が私たちを見て苦笑していた。
「魔女ってのは、昔から性格が悪いと決まってるの、知らなかった?」
と私は佐助に笑い返していた。
武士道とは無縁の忍である佐助も楽しそうに笑みを返していた。

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