上 下
17 / 23

17

しおりを挟む


 その後、互いの家でそれぞれ家事を終わらせてから、俺の家に集合することになった。

 着替えを済ませて洗濯を回し、風呂を掃除する。お掃除ロボットを稼働させつつ、ご飯を作っていると、中学時代を思い出す。
 中学時代は、部活終わりにこうして家事を終わらせ、どちらかの家で宿題やゲームをするのが当たり前だった。いろいろあって、その習慣もなくなってしまったけれど、また以前と同じような関係に戻れて、自然と心が弾む。

 懐かしい気持ちに浸りつつ、お茶を用意しているとインターホンが鳴った。あの頃のように、すぐに入ってくるだろうと、そのまま準備を続ける。しかし、いつまでたってもドアの開く音がせず、慌てて玄関に向かった。

「何で入ってこないの」
「久々だし、待ってた方がいいかなって」

 部屋着に着替えた塚本を家に招き入れる。

 当時もそのまま入ってきていい、と伝えていたにも関わらず、わざわざインターホンを鳴らしていたが、まさかそのまま待ち続けるとは思わなかった。律儀というか、真面目というか。とにかく、そういう人間なのだ。

「勝手に入ってきていいから」
「分かった」

 インターホンも鳴らさなくていい、と再度言い聞かせ、先に部屋にあがっていてもらう。その間に、用意したお茶を持って部屋に向かった。部屋では、すでにテーブルの上に教材が広げられていた。邪魔にならない場所にコップを置き、向かい合わせにノートを開く。

 普段は、課題を終わればゲームをしているが、今日は2週間をきった期末考査にむけて勉強をすることになっている。
 今回は範囲が広いため、少し気合を入れて対策をしたいと考えていたため、塚本と一緒にできるのは正直心強い。

 テキストをめくり、内容をまとめながら、紙の擦れる音とペンが滑る音をBGMに頭の中で何度も同じ語句を反芻する。

 小学生の頃から幾度となく過ごしてきた状況であるにも関わらず、妙に静かな空間にそわそわする。しかし、落ち着かないのは、自分だけの様で、向かいに座る塚本は、真剣な表情で問題と向き合っていた。

 集中しようと、テキストに書かれている文言に目を滑らせる。しかし、意識が別のところに向いているせいで、頭に入ってこず、何度も何度も同じ場所を繰り返し読み直した。。

 あぁ、駄目だ。集中できない。今までどうやって勉強してたっけ。
 ……いや、勉強の仕方が分からないわけではない。塚本を意識しない方法が分からないのだ。今なら、中学の頃塚本の気持ちが分かる気がする。あの頃の塚本も、こうして落ち着かない毎日を過ごしていたのだろうか。
 ……いや、そもそも中学生と高校生を一緒に考えるのはどうなんだ。塚本の方が落ち着いているとはいえ、中学生と同じだなんて。しかも、あの頃の塚本はとっくに俺の成績を追い抜かしていた。その点を踏まえると、俺は中学生以下だ。

 己の不甲斐なさに頭を抱えつつ、どうにかして頭に語句を入れていく。

「ねぇ、これ分かる?」

 テキストを眺めながら、ペンを回していれば、声をかけられた。顔を上げれば、数学の問題集を指さす塚本がいた。

「どれ」
「これ。問5」
「あー……」

 確率好きじゃないんだよな。つーか、どちらかといえば俺が聞く側だろ。

 上目で伺うと期待の色が滲んだ瞳と目が合った。

 ……ちょっと懐かしいかも。
 今ではすっかり、塚本の方が頭がいいけれど、そういえば昔は俺が教える側だった。この期待のこもった目を向けられるのが嬉しくて、何かと気合を入れていた気がする。

 顔にかかる髪を耳にかけ、テキストと向き合った。

 そうだ。塚本のこういう目を見るために、以前は勉強をしていた。今みたいに、平均点さえ超えればいいなんて考えではなく、どうやったら塚本のこの目を引き出せるのか、それだけを目標にしていた。いつの間にか、その目が向けられることはなくなり、忘れてしまっていたけれど。久々の感覚に、高揚している自分がいる。

「……たぶん、余事象で求めるんだと思う」
「余事象?」
「うん。この条件をAでこっちをBとして、問題文通りに和集合で求めるんじゃなくて……」
「ちょっと待って、そっち行っていい?」
「うん」

 テキストを寄せ、塚本の座るスペースを作る。

「――で、和集合じゃなくて、1-積集合で求めたらいけると思う」

 きりの良いところで言葉を止め、見上げると、案外近くに塚本の顔があって、心臓が脈打ち始める。

「あ、問3の答え使って求めるってこと?」
「あ、あぁ。うん、そう」

 隣で問題を解き始める塚本を意識しないよう、ルーズリーフに視線を落とした。次々に増えていく形の整った字を目で追いかける。

 塚本は、俺のことが気にならないのだろうか。中学のときも、近すぎる距離を嫌がられた記憶はあるけれど、何かに集中したいときまで俺に気を取られていた様子はなかった気がする。今だって、問題を解くのに集中していて、俺のことなど気にも留めていない。
 俺のことを気にしてほしいわけではない。寧むしろ、俺なんかのせいで塚本の成績が下がってしまえば、いたたまれない。しかし、こうも一方的だと、気に食わないのも事実だ。

 導き出された数字に下線を引いた塚本の手が止まる。

「できた。ありがとう」
「……別に」

 満足気に笑う塚本の目は、あの頃ほど輝いてはいない。
 いつまでたっても子供の頃と変わらない、なんてことはあり得ないけれど、もうあれを見ることはできないのかと思うと寂しい。

「……凛さ、集中してなかったでしょ」

 感傷に浸っていると、突然図星を突かれ、体を硬直させた。

「は、なんで」
「だって凛、集中してないとき、いつもペン回してるもん」

 自分でも気づいていなかった事実を突きつけられる。言われてみれば、そんな気もするが、そんなに分かりやすく集中していなかったのだろうか。

「何に気とられてたの?」
「別に、何も」

 まさに気を取られていた相手にそう聞かれ、しどろもどろに返事をした。
 言えるわけがない。自分だけが勉強も身に入らないくらいに意識をしていたなんて。

「集中しなきゃだめだよ」

 もうすぐ期末なんだから、と顔を傾け、こちらを覗き込む塚本に目を泳がせた。

 俺たちの通っている高校は、1組が特進クラスで、それ以外の7組は普通科クラスで構成されている。1年生は入試の得点で、それ以降は1年間の成績を基にクラス編成が行われる。つまり、俺の成績次第では、同じクラスになれるということだ。
 しかし、これまでの俺の成績は悪くはないが、特進に入れるほどではない。そもそも塚本を避けていたこともあって、特進なんて目指していなかった。

 だけど、来年は同じクラスがいい。

 隣に座る塚本を盗み見た。

「凛なら大丈夫だと思うけど」
「……何を根拠に」
「だって凛、頭いいじゃん」
「誰が言ってんだよ」

 甘えるようにぐりぐりと肩口に頭を押し付けられる。首筋をくすぐる塚本の髪がくすぐったい。その髪に恐る恐る手を伸ばした。掌が柔らかい髪に沈む。

「凛が誰よりも頭いいし、かっこいいよ」

 直球な言葉にじわじわと顔に熱が集まる。

「……急にどうしたの」
「急じゃないよ。ずっと思ってた。言わなかっただけ」
「そういうキャラじゃねぇだろ」
「言葉にしなきゃ伝わらないじゃん」

 塚本が顔をあげた。

 言葉にしなければ伝わらない、か。

 確かに、塚本は中学以前と比べるとよく話すようになった。2年も話していなければ性格だって変わるだろう、とあまり気に留めていなかったが、互いに言わなければならないことを言わず、話を聞こうともせず、すれ違ってきたから、塚本なりに思うところがあったのだろう。

 ……俺はちゃんと伝えられているだろうか。塚本から貰っていてばかりで、何もできていない気がする。

「凛、好きだよ」
「……うん」
「凛は?」

 真っすぐな瞳に射抜かれ、つい逸らしそうになる目を我慢する。

 俺からも、何か。

「……俺も」

 首を傾げる塚本に顔を近づける。形のいい塚本の唇に自身の唇を押し当てると、塚本の肩がピクリと跳ねた。
 一度唇を離し、目を合わせる。わずかに目を見開いた塚本に、もう一度口づけようとすれば、肩を押され距離を取られた。

「っ、勉強しないと」
「え?……あ、あぁ。うん」

 精一杯の表現を澄んだ瞳で止められ、拍子抜けした。

 今のもう1回する流れじゃなかったのか。……いや、テスト勉強のために集まっているんだから、これは塚本が正しい。何を一人でがっついてんだ。
 羞恥心から赤らんだ顔を頬杖で隠した。正面に戻った塚本は何事もなかったように勉強を再開している。先程と同様、こちらを気にする素振りもない。

 ……少しくらい、意識してくれてもいいだろ。

 心の中に再び積もったもやもやをかき消すように、紙にペンを走らせた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

眠るライオン起こすことなかれ

鶴機 亀輔
BL
アンチ王道たちが痛い目(?)に合います。 ケンカ両成敗! 平凡風紀副委員長×天然生徒会補佐 前提の天然総受け

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...