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しおりを挟む塚本への気持ちを自覚し、付き合うことになったあの文化祭から2週間が経った。
にもかかわらず、いつもの変わらない日常が続いている。
いや、変化が1つもなかったわけではない。毎朝の通学は一緒にするようになったし、放課後も予定が合えば一緒に過ごしている。
しかし、朝の電車なんて人波に流されないようにするのに必死で会話なんてほとんどなく、放課後は光希と過ごすことが多すぎて、2人だけで過ごしたことは未だにない。
2人の時間を作らなければならないと思うけれど、急に断って光希に勘ぐられるのも嫌だし、何より気持ちを自覚して以来2人きりという空間に耐えきれることができない自分がいて、中々行動に移せずにいる。
今日も、いつものように光希と過ごす予定だったのだが。
「っあー!負けたーっ!今回は行けると思ったのにー」
コントローラーを手に仰向けに寝転がる光希の向こう側にいる、のんびりとコーヒーを飲む塚本と目があった。
その表情からは何も読み取ることができず、汗ばんだ手を拭う。
いつまで経っても時間を作ろうとしない俺を見かねてか、光希と2人電車に揺られているときに声をかけられたのが1時間前で。光希の提案で3人でゲームをすることになってしまっている。
「ね、もう一回しよ!」
「いいよ」
カチカチとボタンを動かす2人に慌ててコントローラーを構えた。
画面に大きく表示される3、2、1の数字に合わせてボタンを押す。いつもやっている何てことない操作のはずが、焦りからか失敗し、カートに乗ったキャラクターが黒煙に包まれる。
2人から遅れてスタートしたキャラクターを目で追いながらコントローラーを動かす。
これまでも、帰りに校内や駅ですれ違うことはあったが、光希に遠慮してか、話しかけられることはなかった。そういう配慮をするヤツが、わざわざ話しかけたということは……つまりそういうことなんだろう。
動かしていたキャラクターが場外に落ちる。
さすがに2週間何もなしはまずかっただろうか。いや、でも、塚本と付き合うことになったから配慮してほしいだなんて言えるわけがない。しかし、もうじき始まる期末テストで時間がなくなるのは目に見えている。塚本もそれを見越しての行動だったのかもしれない。
そんなことをぐるぐると考えながらでは、いつもできることも思うようにいかず、画面に表示された12という最終順位にため息をついた。
「凛、今日どうしたん?調子悪くね?」
「あー……考え事してた」
「何か悩みでもあんの?」
光希の身体越しに塚本と目が合い、言葉に詰まった。
恋人との時間の作り方について考えていた、なんて言えるわけがない。本人が目の前にいるのに。
「大したことじゃねぇよ」
さっきのが最後のレースだったらしく、最終ランキングが映しだされた画面を見てコントローラーを置いた。
「晩飯作ってくる」
「あー、もうそんな時間か」
時計を見て、ゲームをやめようとする光希に「2人でゲームしとけば」と言えば、断られ、帰り支度を始めた。
「この時間に帰んの珍しくね」
「ほら、もう少しで期末じゃん?前回赤点取りすぎたから今回は気合い入れようと思って」
そう、と返事をする俺の傍らで「頑張ってね」と声をかける塚本を見遣った。
塚本は帰るんだろうか。
帰ってほしいわけではないけど、2人きりは気まずい。しかし、帰ると言われると、それはそれで寂しさもある。
2人から受け取ったコントローラーを片付けるふりをしながら盗み見た。支度をする様子はないけれど、そもそも荷物を出していないため、帰るのかどうか判断できずにいる。
「じゃあ帰るねー。2人ともまた遊ぼうね」
ばいばーい、と部屋を出ていく光希を玄関まで見送る。俺の隣に立つ塚本の手には何もなく、もう少し残ることが分かった。それが分かったからといって、何と話しかければいいのかわからず、黙ったままキッチンへ向かう。
「手伝うよ」
冷蔵庫から食材を取り出す俺の背後から、そう聞こえ振り返った。
ブレザーを脱ぎ、シャツの腕をまくっている塚本に曖昧に返事をしてから、手に持っていた豆腐を手渡す。
「何作るの?」
「麻婆豆腐」
「中華の気分なの?」
「いや、母さんのリクエスト」
「ふーん。じゃあこれ切るね」
「あぁ、うん。助かる」
綺麗に切り揃えられた豆腐にラップをかけ、電子レンジ入れる。小鍋に水を入れ、火にかける。
「そういえば、自分家のは作んなくていいの」
「もう終わってる」
「は、」
「カレーだから。昨日の夜作った」
フライパンにひき肉を入れて炒めていく。
「今日は凛と一緒にいようと思って」
思わず手を止めて、隣を見た。肝心の塚本は、こちらを見ることもなく、手際よくネギを切っている。
「焦げるよ」
「あぁ、うん」
やっぱり、気にしていたんだなと反省する。
そりゃそうだ。なあなあにしている側ですら気にかけていたことを、されている側が気にしないわけがない。
「いくら何でも、ずっと放ったらかしはひどいんじゃない」
「……ごめん」
「謝るってことは自覚あったんだ」
まぁ、一応。それなりに、考えてはいた。考えてはいたけれど、行動に移していない時点で傍から見れば何もしていないことと同じだ。
調味料や食材を入れながら、なんと言えばいいのかと頭を回転させる。
「なんつーか、急に付き合い悪くなるのも不審に思われると思って……」
語尾が小さくなる。言い訳をしている気分になり、鍋肌をなぞるヘラが段々とスピードを落としていく。
隣で野菜を切り終えた塚本は、水に溶かした片栗粉を横からフライパンに入れ、すぐに始めに出していた卵を溶かし始めた。
「これ、スープに入れるんだよね?」
「え?あ、うん」
小鍋に卵を入れる塚本の隣で、グツグツと気泡が弾けるフライパンを意味もなくかき混ぜる。
怒っているのか怒っていないのか。怒っていなかったとしても、不機嫌ではあるよな。思い返せば、3人でゲームをしていたときも塚本から話しかけられることはなかった気がする。いつまでたっても付き合う前のまま変わろうとしない俺に対する、塚本なりの反抗だったのかもしれない。
どうにかいい策はないかとぐるぐると考えを巡らせていると、腰に腕を回され、後ろから抱きしめられた。
「っ、なに」
「別に。することないから」
いつの間にか洗い物もやってくれていたようで、キッチンは元通りに片付けられていた。手際が良すぎるのも考えものだな、と身をよじる。
「動きにくい」
「動く必要ないでしょ」
間髪入れずにそう返され、言葉をつまらせた。
確かにかき混ぜるだけなら動かなくてもいい。そもそも、あとは煮込むだけでかき混ぜる必要はなく、むしろ動かしすぎることで豆腐が崩れる可能性だってある。しかし、何かをしていないと暴れ回る心臓に意識が集中してしまうため、手を止められずにいた。
「凛がずっと構ってくれないのが悪いんだよ」
ぽつり、と頭上からこぼれ落ちた声には寂しさの色が滲んでいる。
「せっかく付き合ったのに」
首筋に顔を埋められ、身体を強張らせた。背中越しに、規則正しい塚本の鼓動が聞こえる。
不規則に胸を打つ俺のとは違い、一定のリズムを刻む塚本も今回の事態を招いた原因の1つだ。いつも余裕綽々な様子の塚本の前で、俺だけが取り乱しているようで、それが悔しい。
「昼休みか放課後、どっちか1つくらい譲ってくれてもよくない?」
「……じゃあ、3人から始める、とか」
「はぁ?」
首筋をくすぐる塚本の息に身を縮めながら絞り出した案を伝えれば、届いた低い声に肩がピクリと跳ねた。
「そんなに岡田君と一緒にいたいの」
後ろから顔を覗きこまれる。不意に近づいた顔から逃げるように、反射的に反対方向を向く。
「そうじゃなくて、急に断るのも変だろ。お前も仲いいし、最初は3人で食べてだんだん2人の日増やすとか、その方がいいだろ。いろいろ」
いろいろ、の大半は俺の事情だが。その間に塚本と同じ空間にいることに慣れたい、といいのが本音だ。
始めから2人っきりでいるよりも段階を踏んだほうがありがたい。実際に、今日は光希が帰るまでは、いつもと変わらなかったわけで。ほとんど俺の身勝手な都合ではあるが、そこは大目に見てもらえないだろうか。
「2人じゃなきゃ意味ないし、別に岡田君と仲良くないけど」
横から痛いほどの視線を感じる。
2人に拘る塚本の気持ちも分かる。理解はできるが、少しだけ時間が欲しい。
……というか、光希と仲良くないは嘘だろ。3人でファミレス行ったあたりから2人が一緒にいるのを何回も見ている。わざわざ否定するような間柄ではないはずだ。
不貞腐れた様子の塚本に眉根を寄せる。
「凛と仲いいから近づいただけだもん」
「いや、文化祭前とかよく2人で話してたろ」
「え?……あぁ、あれ。……根回しだよ」
「根回し?」
何の根回しだ。2人で何か計画でも立てているのかと口を開こうとしたが、塚本の言葉に遮られる。
「とにかく、俺との時間も作ってよ」
「……頑張る」
「まぁ、もう少しで大丈夫だと思うけど」
「どういう意味――」
パッと振り返れば、思っていたよりも近くにいた塚本と目が合った。
あ、キスされる。
反射的に目を瞑った。しかし、唇には何も触れず、代わりに額に柔らかいものが押し付けられる。と同時に、背中を包み込んでいた温もりが離れ、ゆっくりと目を開いた。
「じゃあ、帰るね」
「え、もう?」
「そろそろ、おばさん達帰ってくる時間でしょ」
「あ、そっか……」
鞄取ってくる、と部屋に向かう塚本の背を眺めながら、熱のこもった額を指先でなぞる。
キスされると思った。いや、されたけど。今まで額にされたことなんてなかったし、それに、もっとしっかり……。
思い浮かんだ言葉を消し去るように頭を振る。
やっぱ、俺ばっかり振り回されている気がする。
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