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2章

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「ねぇ、ちょっと痛い! 放して!」

 店を出てからも腕が放されることはなく、こちらを気にすることなく自分のペースで進む藤咲綾人に抗議を上げる。目だけで振り返り、駆け足でついて行く僕を見下ろしたその男は、「放したら逃げるだろ」と再び前を向いた。

「当たり前じゃん! てか何であんなこと言ったわけ? 絶対勘違いされたんだけど!」

 みんなの表情を思い出しただけで頭を掻きむしりたくなる衝動にかられる。

 とくに咲良ちゃん。
 先輩2人は僕に彼女がいたことや彼女を欲しがっていたことも知っているから大丈夫。葵ちゃんだって、おもしろ半分でからかっていただけだ。でも咲良ちゃんは今日初めて会ったばかりだし、何よりあの顔。店を出る直前に見た、驚愕と絶望やらをごちゃ混ぜにしたあの表情は、僕とこの悪魔のような男の関係を疑っているに違いない。

「勘違いではないだろ」
「勘違いだから!」

 ここの間にはなんの関係もない。あったとしても全部消し去るし、今後は関わらないと決めていた。仮にあったとしても、あの場であんな言い方をするだなんて頭がイカれているとしか思えない。
 こういう話はすぐに広まるし、尾ひれだってつけやすい。気づいたときには取り返しのつかないレベルの根も葉もない噂を囁かれることになる。そうなれば、僕の平和で健全な大学生活が終わりを迎えてしまう。

「そんなことより、お前あの女押し付けただろ」

 ドキリと心臓が跳ねる。

「押し付けてないし、そういう言い方やめなよ」
「身代わりたてようとしたんだろ」
「身代わりとかそういうんじゃないから! 咲良ちゃんが紹介してって言うから隣に座らせてあげただけ!」

 確かに僕の代わりになってくれないかな考えてはいたけれど、僕と違って受け入れ態勢だったわけだし、決して身代わりではない。
 
「一緒じゃねぇか」
「違う! てかさぁ、いい加減手離してよ! 僕帰りたいんだけど!」

 掴まれた腕を力任せに振ると、足を止め振り返った。

「あ? お前が帰ったらヤる相手がいなくなるんだけど?」

 まるで僕の言っていることがおかしいとでも言いたげな表情で見下ろされ、沸々と怒りが湧きあがる。

 今日は志願者がいたでしょ! そもそも、何で僕が相手をする前提で話を進めているんだ。絶対にしない。全ての人類が自分と関係を持ちたいと思っているだなんて勘違いも甚だしい。少なくとも、今日あの場にいた5人の人間の中でそれを希望していたのは咲良ちゃんただ1人。圧倒的少数派だ。

 絶句して何も言えない僕を鼻で笑い、腕を掴む手により一層力を込め、再び歩き始めた。

「じゃあ、咲良ちゃんのお誘い乗ればよかったじゃん!」
「知らねぇヤツより慣れた相手の方が楽」
「僕が楽じゃないの!」

 挿れる側は分からないだろうけど、挿れられる側は腰も痛い上に異物感が残る。そもそも挿れるように作られていないところを無理やりこじ開けているようなものなんだから、1回1回慎重に取り組まなければならないはずなのに、この男ときたらこっちの体調など目もくれず、自分のことしか考えていない。

「よく言うよ。ヤればあんあん啼くくせに」

 藤咲綾人の品のない言い方に、すれ違った通行人がちらりと振り返り顰めた表情を見せる。周囲を気にしないその背中をたたき、トーンを落として声をかける。

「だから言い方……!」
「何か間違ってるか?」
「間違いしかないから! ……って、僕の家そっちじゃないんだけど!」

 近所の公園を曲がらず真っすぐ進まれ、足に力を込める。僕が立ち止まったことで動きを止めた藤咲綾人が目を眇める。それも一瞬で、再び引きずられるように足を動かされた。

「俺の家はこっち」
「自分の家に帰りたいの!」

 まずいまずいまずい。本格的にまずい。
 腕を掴む手を引きはがすことも、足を踏ん張って進むのを拒むことも失敗に終わった。この男に説得の言葉が届くとも思えない。このままでは先週の二の舞を踏むことになってしまう。それだけは避けたいのに!

 僕が藤咲綾人の腕やら背中やらを叩きながら反抗の声を上げている間にも、憎たらしい程に長い足は緩まることはなく家へと近づいていく。

「やだやだ、お家帰る!」
「帰ってるだろ」
「だから僕の家に帰りたいの!」

 声が階段に木霊し、ハッと口を押えた。
 
「ゴムがねぇ」
「そんなの要らないでしょ!」
「生がいいとか変態かよ」
「シないってこと! てかあんたには言われたくないんだけど!」
「じゃあ、変態同士仲良くしようぜ」

 部屋の中へと引きずり込まれる。そのまま流れるように、壁に身体を押し付けられたかと思えば唇が重ねられた。同時に生暖かい舌が入り込む。
 抑えられていない自由な手で藤咲綾人の服を引っ張るけれど離れることはなく、僕の足の間に長い脚が滑り込んできた。

「ねっ……やだって……んぅ」

 帰らないと。その一心でドアへと手を伸ばす。それを目ざとく見つけた藤咲綾人がズボンの中へと手を滑り込ませ体を撫で上げた。指先で掠めるようなその緩い刺激に身体がビクリと跳ね熱がこみ上げる。

「その状態で出て困るのはお前だと思うけど?」

 余裕綽々な顔で緩く勃ち上がった僕自身を脚でぐりぐりと押さえつけた。

「誰の、せいだと……!」
「ほら、舐めてろ」

 上がった呼吸を整える暇もなく口内に指を入れられる。侵入した2本の指が舌先を扱くように動き、ちゅくちゅくと耳障りな音が響く。逃れようと顔を伸ばせば、残りの指で器用に押さえつけられた。固定されたことでさらけ出された肩口に藤咲綾人が顔を埋めた直後、ぬるりとした感触が首筋に走った。

「ひゃっ、」

 肌の内側にぞわぞわとした何かが広がる。それから逃げるように体を壁に押し付けた。しかし逃げ出すことはできずに、藤咲綾人が近づいた分、動ける範囲が狭まってしまう。それに気を良くしたのか首筋を這っていた舌がゆっくりと上に移動し耳朶を食む。

「んやぁっ、……ねぇっ、やっ……だって、ばぁ……んっ、」
「声。外に漏れるぞ」

 声を押し殺そうにも指が邪魔で口を閉じることができない。歯を食いしばろうとすれば咎めるように指を動かし、下半身を柔く揉むその手は誰のものか。
 自分勝手な言動に怒りがこみ上げる一方で、身体は高ぶっていき感情がぐちゃぐちゃになって、頭が回らなくなる。

「んふぅ……おねがっ、ゃめっ……ひぃあっ! ね、ね、お願いだからぁ」
「しぃー」

 顔を上げ上目で諭す藤咲綾人の手が口内から出ていき一息つく。服の中に侵入していたてもいつの間にか離れていた。

 終わった……?

 覆いかぶさったままの体に頭を預け、荒れた呼吸を整える。そうすれば乱れた衣服を押し上げる自身いやでも視界に入り目を逸らした。

「ごめ、ヌくからトイレ、貸して……」

 両腕で藤咲綾人の体を押しやる。すると、僅かに距離ができた代わりに両腕を掴まれる。掴んだ腕をそのまま自分の首に回そうとする姿に首を傾げた。

「おい、腕回せ」
「なんで、」
「いーから」

 不思議に思いながらも、どうせ立つことすらままならないわけだし、と大人しく従い自分の手を互いに掴む。

「さすがに、1人で歩ける、けど」
「そのまま力抜いとけ」
「えー……?」

 顔を上げ藤咲綾人と目があったのと下着がずらされたのはほぼ同時で、脱力していた体に力が戻る。僕の体が強張るよりも、藤咲綾人が入り口を捉える方が早く、骨ばった指がズブりと中に入り込んだ。

「なんでっ、やめるんじゃ……!」
「あ、バカっ、力抜けって」

 力んだ身体が濡れた指を拒み締め付ける。それに伴い異物感が広がって尚更力が入り、目の前の体に抱き着いた。逃げるように精一杯背伸びをしていた膝裏を掬われ、大きく開かされる。自然と広がった窄まりをかき分けた指が更に奥へと進み、ひきつった声が漏れ出た。

「まって、やだっ、抜いて!」
「さすがに1週間空くときついか」
「やだやだやだっ」
「危ないから暴れんな」

 大きな手が背中をなでる。子供をあやすような優し手つきに少し落ち着いたけれど違和感は残ったままでうめき声をあげた。
 こんなはずじゃなかったのに。今日はタダでおいしいご飯食べて、お酒飲んで、くだらない話に笑って日付が変わる前に家にかえって、それで。
 思い描いていた理想とはかけ離れた現実にクラりと脳が揺れる。

「そのままじっとしてろ」
「あし……っ、あしたっ、ばいとだから、」
「あぁ。ゆっくりやる」
「ちが、やめてって……っんんぅ」
 
 汲み取られることのなかった意思が鼻を抜ける息に飲み込まれる。宣言通りゆったりと動く指が孔縁を擦り、肌の向こう側を羽れくすぐられているような感覚に包まれる。
 入り込んだそれが探るように動いている。はじめに感じた異物感が少しずつ快感のようなものへと変換されて溢れる声が甘さを増していく。

 拒否しないと。やめさせないと。だって明日はバイトで、本番までしたら自分が苦しむことになるから、だから、

「んあぁっ!」

 腹側の部分を押し込まれる。感触を楽しむようにその1点を執拗に触られて、溜まっていた何かを快楽として体が捉え始めた。
 役割を放棄した脳から考えていたことが消え去る。その中に残ったほんの僅かな理性の切れ端に縋り付いて首を振った。

「やぁ、っ……ぁ、だめだってぇ、……んっ、ほんとに、……ぁっ」
「痛いか?」
「わか、んなぃ」

 喘ぎ交じりにそう答えれば、「もう1本挿れるぞ」と指が増やされる。中を拡げるように、けれど快楽を与えることを忘れておらず足から力が抜ける。壁を伝うように下に落ちていくと、図らずとも指が奥深くまで突き刺さり一層大きな声が出た。

「ベッド行くか?」

 霧がかった頭でこくりと頷いた。
 

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