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2章
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しおりを挟む「で。今回は何で? いい感じって聞いてたけど」
しょげる咲良ちゃんを気にも留めず、僕を見る葵ちゃんの言葉に嬉しいような、悲しいような形容しがたい気持ちになる。
「そー! いい感じだったのー! 僕も今回は長続きすると思ってた」
「唯さんもあかりさんは那生くんの話しかしないって言ってたよ。あ、もちろんいい意味の方でね」
葵ちゃんと仲のいい唯さんは、あかりさんの友達でもある。その繋がりで交際に至った。付き合いたての頃は、葵ちゃん経由であかりさんのことをいろいろ聞き出していたことが懐かしい。
「惚気てばっかで胸焼けする、が唯さんの口癖みたくなってたし」と続ける葵ちゃんに、なぜあんなにも急に振られたのか、という疑問が脳内を駆ける。
上手くいってたと思っていたのは僕だけで、実はあかりさんの我慢の上で成り立っていた虚像だったのではないか、とも考えていた。けれど、間接的な話しか聞いていなかったとはいえ、葵ちゃんから見ても「いい感じ」だったのならば、他に理由があったりする?
悶々と考えを巡らしていれば、正面から振られた原因を早く話せとばかりに急かされ、口を開く。
「それがさぁ、急に私より那生くんの方が可愛いの嫌になっちゃた、って言われちゃって」
ずっと誰かの声が飛び交っていた卓が静まり返る。一瞬の間の後、隣の卓から聞こえた盛大に吹き出す音を合図に2人が遠慮なく笑う。
「ちょっとぉ、笑わないでよ!」
「そんな理由初めて聞いたんだけど」
聞き耳をたてられていたのか、隣の席のグループまで俯き肩を揺らしていた。既視感のある光景に、またかと項垂れつつ、もう1度「笑わないでよ!」と声を上げる。
「やばい、那生くん面白すぎ。今までの振られ文句全部聞きたい」
「ちょっと! 見世物じゃないんだからね!」
目じりに浮かんだ涙を指先で抑える咲良ちゃんを軽く睨む。当人にとっては受け止めるまでに時間のかかったこの言葉も、第三者からしてみれば面白いことこの上ないらしい。普段は笑うことなく話を聞いてくれていた葵ちゃんだって、汗ばんだジョッキを握り締め、盛大に笑っている。
「確かに那生くん、そこら辺の女の子より全然可愛い顔してるよね。葵が呼び止めた時、女の子かと思ったもん」
「でしょー、よく言われる」
「うわムカつく」
「ひどい」
さっきまでの笑顔はどこへやら、表情の抜け落ちた顔で罵られる。
「可愛く生まれたんだから恋愛でくらい苦労すればいいよ」
「だから咲良ちゃんも苦労してるんだね」
「きゅん」
「お? 始まる? 恋始まっちゃう?」
「ごめん、私見た目じゃなくて性格重視だから。知り合って10分そこらの男に靡くほどちょろくない」
「振られた」
「振られたね」
ちっちっち、と立てた人差し指を左右に揺らす咲良ちゃんを笑いながら、その言葉を反芻する。
見た目じゃなくて性格重視、かぁ。そうだよね、普通はそうだよね。僕のことを可愛いと言ってくれるだけで好きになっていた僕は、咲良ちゃん基準では激ちょろなんだろうな。
「僕も次は顔以外も見てくれる人と付き合う」
「僕も? 私のとはちょっと違う気もするけど……。ちなみに元カノたちと付き合った理由は?」
確かに、咲良ちゃんのとは違うかも。まぁ、いいか。相手の性格を見るか、自分の性格を見てくれるのかなんて恋愛観の違いなんてもの今はどうでもよくて。可愛いと言われたくらいじゃ靡かない強靭なメンタルの育成をした方がいいのかもしれない。というか、僕も咲良ちゃんと同じで一種の拗らせのような気がする。
大学入学以前の一切恋愛対象として認識されることのなかった地獄のような期間を経たおかげで、恋愛感情をチラ見せされただけで、その気になってしまうのは良くない。このままだと、いつか結婚詐欺に遭いそう。
頭の中に流れ込んでくる最悪の未来地図を振り払い、咲良ちゃんの顔を見る。
「僕のこと可愛いって言ってくれた」
「自慢すんなクソ。他には!」
悪びれる様子もなく舌打ちが飛んでくる。咲良ちゃんの口が悪くなってきている気がする。
「他は……あっ! 顔が可愛かった!」
「面食いかクソ。元カノと同類じゃん」
確かに。一緒だ。類友だったわけだ。
じゃあ、中身を見てもらうには、まず僕が中身を見なきゃいけないってことか。これまでだって、中身を見てこなかったわけではない。……と思う。たぶん。初めて話した時に、みんないい子だなって思ったし、可愛かったのは結果論だ。そりゃ、まぁ可愛い子の方が好きではあるけれど。
そんなことより。
「ねぇ、僕の扱いひどくなってきてない?」
「気のせいだよー」
「さすが那生、分かってる。なんだかんだ人間顔が全てよ」
「だから2人とも長続きしないのよ」
「僕は長続きするつもりだったよ。相手にその気がなかったんだもん」
「私は、貴重な20代を無駄にしないようにしてるだけ。大体咲良も最長半年じゃない。人のこと言えないわよ」
「だめじゃん」
「そんなこと言わないでよぉ。次こそ価値観の合う彼氏と長続き――」
咲良ちゃんの動きがピタリと止まる。上の方を見つめたまま、口をあんぐりと開けている不自然なその挙動にちょこんと首を傾げた。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇよ。何やってんだ、お前」
大きな手に頭を鷲掴みにされる。僕に対する粗野な扱いと、低めの少し掠れた声には覚えがある。目だけで振り返ると、案の定藤咲綾人が立っていて、顔が歪んでいくのを感じた。
「げっ」
「あ?」
嫌悪感の乗った声が漏れる。藤咲綾人からも同様に。そんなに嫌なら話しかけないでよ、と言う言葉を飲み込み、「何」と短く聞く。
「太田さんが心配してたぞ。油売ってねぇでさっさと帰ってこい」
「あ、忘れてた」
ついつい恋愛話に花を咲かせてしまい、すっかり忘れていた先輩たちを思い出す。
いくら仲がいいからと言って、何も言わずに長時間席を外すのはよくないよな。事実、こうして迎えが来てしまっている。今日は、まだ1杯すら飲んでいないとは言え、前回酔いつぶれた姿を見ているわけだし。高橋さんはともかく、太田さんは僕がお酒に強くないことを危惧して、定期的に様子を窺ってくれている。前回のあれは、振られた僕の気持ちを案じてのことだ。
もう少し話していたかったけれど、そろそろ戻るか、と立ち上がり軽く伸びをする。そんな僕を呆れた表情で見る気だるげな男を睨み返した。
「じゃあ、続きは今度ね。咲良ちゃんもまた話そ」
「太田さんたちによろしく伝えといて」
「はーい」
「ちょっと待って」
ひらひらと降った手を突然掴まれる。テーブルから身を乗り出し、中腰で僕の腕を掴んでている咲良ちゃんが、へらりと顔を緩ませ、「5分だけいいですか? 5分だけ」と言う。それを一瞥した藤咲綾人は、興味なさげに「早く戻って来いよ」とだけ言い残し、元来た道へ戻っていった。そのいけ好かない背中を睨むのもそこそこに、中途半端な体勢まま動かない咲良ちゃんと向き合う。
「どうしたの? まだ話足りないとか? 聞きたいのは山々なんだけど、さすがに先輩たち待たせてるからさぁ」
「……んだれ」
「え?」
俯いたままの咲良ちゃんの声が僕の声と周囲の談笑に紛れる。上手く聞き取れずに聞き返せば、両手で僕の腕を握り直して、今日一番大きな声で、
「あのイケメン誰!」
と叫んだ。無意識に身構えていた僕の口から「は」だとか「へ」だとか気の抜けた声が漏れる。それを皮切りに、水を得た魚のように話し始めた。
「あんな美形初めて見たんだけど! 存在してる? 見間違いじゃない? 違うよね!? だって周り皆あの人見てたもんね。てか、あんなイケメンに出会えるとか奇跡すぎ……。あれ誰!? 那生くん知り合いなんだよね!?」
「あぁ、うん。いちおー……サークルが同じ、みたいな……?」
「ってことは葵とも知り合いってこと!? 何で言ってくれなかったの!」
そういえば、これが藤咲綾人に向けられる正当な評価だ。あの顔面の異性に対して、いけ好かないとマイナスの感情を抱いている葵ちゃんの友達だからきっと咲良ちゃんもそういう人だろうと心の中で決めつけていてしまったのかもしれない。
「わざわざ言うようなことでもないでしょ。ほら、手放しなさい」
「やだ! 紹介してくれるまで放さない!」
あの顔だ。ついつい正気を失ってしまうのも無理はない。けれど、どう考えたって藤咲綾人と咲良ちゃんは相性が悪い。
あんなふらふらと女の子をとっかえひっかえしているような人間、彼氏が女の子の隣に座っているだけで泣いてしまうような咲良ちゃんは毎秒ごとに泣き叫ばなければならない事態になってしまう。
「咲良ちゃん、悪いことは言わないからあれはダメ。アイツは下半身に脳みそついてるタイプで絶対浮気する」
「いい! 浮気されてもいい!」
知り合って10分そこらの男に靡かないのではなかったのか。
そこそこ大きな声で言い放った言葉に周囲からの視線も集まってくる。居心地の悪さを感じ1度腰を下ろした。つられて咲良ちゃんも椅子に座る。
「ちょっと落ち着こ。毎日違う女の子といるようなヤツだよ? ダメだって!」
「……分かった」
さすがに、許容できないのか、案外素直に頷く姿に胸を撫で下ろす。掴まれたままの腕を引きはがし、「じゃあ、僕帰るね」と立ち上がると、再び「ちょっと待って」と呼び止められる。
「どうしたの?」
「那生くんさ、今日誰と飲んでるの?」
「今日? あー……4年の先輩2人とさっきのヤツの4人だよ」
「先輩って男?」
「うん」
「じゃあ、今日の女の子は私でもよくない?」
ジャア、キョウノオンナノコハワタシデモヨクナイ……?
じゃあ、きょうのおんなのこはわたしでもよくない?
じゃあ、今日の女の子は私でもよくない!?
「はぁ!?」
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